「忘れ物?」

きょとん、とした蘭に、ゆいなは申し訳なさそうに謝った。
電話を切って戻ってくると、服部とコナンは男二人がいいのだとか言って、別行動になってしまったらしい。
二人して、予告状のことで推理をぶつけ合ったりしているのかと思うと、そちらに着いていきたい気もしたが、それよりも済ませなければならないことが出来てしまった。

「うん。だからごめん、先行ってて?」
「いいけど…一緒に戻ろっか?」
「ううん、だいじょぶ!」
「道頓堀に居るから、着いたら連絡しなさいよ!」
「わかった、後でねー!」

三人に手を振って別れると、丁度メールの着信音が鳴った。
ご丁寧に添付されている地図を開いて、なんだか呆れてゆいなは笑いを零した。


「かーいーと!」

地図の通りにやってくると、そこには案の定、テラスで紅茶を啜りながらくつろいでいる快斗の姿があった。どう考えても、この男が、今あれだけの警察に追われている怪盗キッドだとは思えない。けれど、机に置かれた小型のモニターと耳に当てられたイアホンを見ると、ちゃんと仕事はしているみたいだ。

「お、ゆいな!」

ぱっと顔を上げた快斗は、嬉しそうに笑って手を振る。
なんだかデートの待ち合わせをしていたみたい、とゆいなは途端になんだか恥ずかしくなった。

「私たち今、勝負中じゃなかったっけ?」
「いーじゃんいーじゃん!まだ時間あるし」
「時間!ね、予告の時間は午前3時で合ってるの?これで聴いてたんでしょ?」

ゆいながイアホンを快斗の耳から外して、自分の耳に当てようとしたのを、快斗がさっと取り返した。

「だーめ。ライバルには教えられませーん」
「けち!だから邪魔はしないって言ってるじゃん!」
「自力で解かなきゃ面白くないだろ?」

そう言って自慢げに微笑んでみせた快斗を、ゆいなはむっとして睨み返した。
自分で解かなきゃ、というのならば、やはり午前3時ではないのだろうか。
悩みだしたゆいなを見て、快斗はふっと笑みを零した。

「なに?」
「いや、なんか……ゆいなが俺のことを一生懸命考えてくれてるのが嬉しい」
「べ、別に快斗のことじゃないでしょ!予告状のこと!」
「しー!あんまでかい声だすなよ!」
「!ごめん!」

ぱっと口を両手で覆ったゆいなを見て、快斗がまたくつくつと抑えた声で笑う。からかわれているのだと気がついたゆいなは、恥ずかしさを隠すように更に眉間に皺を寄せた。

「で、なんで呼んだの?お茶したかっただけじゃないでしょ?」
「んー」
「快斗?」
「いや、正直、それだけ」
「……は?」
「なんだっけ、あの西の名探偵?とかいう奴と仲良さそうにしてて、妬いたから」

さらり、とたいしたことではないように言う快斗に、ゆいなは今度こそ顔を赤くした。妬いたから、とそんな簡単に、そしてそれだけで呼び出してしまうような男なのだ。黒羽快斗は。

「ていうか、見てたの!?」
「おう」
「……ストーカー…」
「しゃーねーだろ。心配なんだから」

そう言われてしまえば、言い返すことができないのを、快斗は分かっててやっているのだろうか。ゆいなはたまらずに、飲んでいたオレンジジュースを一気に喉に流した。

「ほんじゃ、ま、ゆいなの可愛い顔も見れたことだし、仕事に入りますかー」
「そんな暢気な……」
「じゃな、また後で」

にっこり笑って立ち上がった快斗の顔を見て、ゆいなの脳裏に先ほどのおみくじの言葉が浮かんだ。


大切な人の傍を離れてはいけません。後悔します。


「……ゆいな?」
「え、あ、ごめん」

思わず、快斗の服を掴んでいた自分に気がついて、ゆいなは慌てて手を離した。
ずっと感じている不安が、どうしても拭えない。おみくじの内容も合わさって、なんだかもやもやと、何か怖いものが自分の心を侵食していくよう。
行かないで。
そう言えたらいいのに、ゆいなの口は言葉を紡げないまま、うなだれるように下を向いた。

「ゆいな、」

黙ったままでいると、ふと目の前に影がかかって優しく名前を呼ばれる。
思わず顔を上げると、予想以上に快斗の顔が近くにあって、びっくりして目を閉じる。
くす、と小さな微笑みの声が聞こえたと同時に、ふんわりと唇に暖かいものが合わさった。
ちゅ、と可愛らしい音を立てて離れたそれに、ゆいなは火が付きそうなほどに顔を熱くした。

「……っ!」
「ごちそーさまでした」
「な、バカ!バ快斗!」
「え?違った?さよならのちゅーがしたかったんだろ?」
「ちがう!」

再度近づいてきた快斗から逃げるように後ずさると、代わりに手が伸びてきて、頭をぽんぽんと撫でられた。

「んな不安そうな顔すんなって、な?」
「……快斗、」
「俺は大丈夫だからさ。まあ、今回はハデな追っかけもされなくてすみそうだし、ささっと終わるからさ」
「………うん」

にかっと笑った快斗に、ゆいなも微笑み返す。
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられて、子ども扱いだなと思うけれども、ゆいなは快斗のこういうところが好きでもあった。

「じゃ、約束のちゅーしよっか?」
「し・ま・せ・ん!」


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