ゆいなが目を覚ました時には、雨の音は止んでいた。
けれど、窓の外はまだ暗い。いつのまに寝てしまっていたのだろう、とぼんやりと考えながら寝返りをうって、ゆいなの思考は停止した。

「………っ!?」

叫ぶのを堪えた自分を褒め称えたい。ゆいなは一度深呼吸をし、慌ててその塊を揺すぶった。

「な、なんで快斗が!ちょっと起きてよ!」
「んー…んだよ、まだ夜中じゃねーか」
「だから何!なんで一緒に寝てんの!?」
「大丈夫だよ…看護師さんが見回りにきた時はうまくやったし……」
「そういう問題じゃ…きゃ、ちょっと!」

快斗が腰に回した手にぎゅっと力を込めると、ゆいなの額は彼の胸に押し付けられた。かあ、と熱が上がる感覚がして、慌てて押し返そうとしても、びくともしない。それどころか、足を絡めてくるものだから、いよいよゆいなは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
こうなった快斗がどうしようもないのは、ゆいな自身分かっているつもりだ。

「あ、無事に任務は遂行しましたよ、お嬢様」
「ん…ありがとう」
「どういたしまして」
「ごめんね、快斗にとっては敵みたいなものなのに」

きゅっと服を握ったゆいなの頭を、快斗はふわふわと撫でた。
別にたいした敵じゃねーよ、という言葉でもかかるかと思ったのに、快斗は黙っている。
不思議に感じて顔をあげると、快斗がじっと真剣に自分を見つめていて、ゆいなは思わず息を呑んだ。

「なあ」
「うん」
「もし、あの工藤新一に、告白されたら……どうする?」
「…………は?」

まぬけな声を出してしまった。けれど快斗はまじめな声だ。その言葉を飲み込むために、ゆいなはたっぷり時間をとった。

「それはつまり……新一が私のことを女の子として好きになったら、ってこと?」
「うん」
「ないないないない!」

絶対にない!
きっぱりと断言すると、何故か快斗は不満そうに眉をひそめた。
でも、ないものはないのだ。あの工藤新一が、と考えたところで、なんだか笑えてしまうし、そもそも想像ができない。

「だって私たち、幼馴染だよ?」
「知ってる。でも、それが恋愛に発展しないって決まってるわけじゃないだろ?」
「えー、決まってるよ」
「じゃあ、俺とオメーが幼馴染だったら、こんな関係にはなれなかった?」

どうしても、工藤新一との恋愛がありだと言いたいらしい。
ゆいなは、なんと返すのがいいのかと思考を巡らせながら、顔をあげた。
未だに腰に手を回して逃さまいとしている快斗は、不機嫌な顔をしている。けれど、その不機嫌な表情の奥で、瞳だけが不安そうに揺れているのが、ゆいなにはわかった。
ああそうか、となんだか胸がすっとなる。
ひた、と快斗の頬に手を添えると、ぴくりと動いて少しだけ眉間の塊が解けた。

「何をそんなに心配してるの?」
「………」
「私が、新一のところにいくんじゃないか、って?」
「……ゆいな、そんなに鋭かったっけ…」
「なあに、私のことなめてた?」

ばつが悪そうな顔をする快斗なんて珍しい。なんだか優位に立った気分になって、ゆいなは少し高いところにある、そのふわふわの髪を撫でた。それから耳を撫で、頬をふにふにと触る。

まったくこの人は、と思う。
いつも余裕があるようなふりをするくせに、変なところで子供っぽくて心配性だ。
どんな時でも自信満々で、なにひとつ怖いものはないという風を装っていても、本当は一人で頑張っているだけだなんて、そんなのずっと前から気付いてる。

ちょっとだけ頬を染めた快斗に、自分自身も心臓が跳ね上がりながら、どうしても彼が愛しくて仕方なくて、少し体を伸ばして彼の首に抱きついた。

「私には快斗だけだよ」
「告白されたら、」
「絶対されない。それは譲れないけど…そうだなあ、もしされたとしても、私は揺らがないよ」
「……ほんとだな?」
「もう、あんまりうじうじ言うと怒るよ!」

ぎゅう、と頬を抓ると、ごめん、と返事が返ってくる。それから、隙間を埋めるように腰に回していた腕を強く強くする。少し苦しいくらいの抱擁に、けれどゆいなは黙って自分も強く抱きしめ返した。

「ほんと、ゆいなはすごいな」
「なにが?」
「天下の大怪盗の弱点、なんだからさ」
「弱点?」
「捕まる、とか失敗する、とかそういうことはあんま不安になんねーんだけどさ…オメーがいなくなるかも、って考えただけで、怖くてしかたない」

だから、ずっと俺のそばにいてくれ。

切実なその声に、ゆいなは「あたりまえでしょ」と返した。本当は、嬉しくて切なくて泣きそうだった。

「ずっと一緒、って約束したじゃん」
「………そうだな。ごめん」
「快斗も、お願いだから、もうどこにもいかないでね?」
「うん。ずっとそばにいるから」

少し体を離して見上げると、快斗はにこっと笑ってゆいなの額にキスを落とした。くすぐったくて、ゆいなもつられるように微笑んで、お返し、とばかりに彼の頬にキスをする。彼の顔を覗こうとした途端、突然絡めた足に力を入れられて、あ、と思った次の瞬間には、快斗が天井を背に、にやりと笑っていた。

「ゆいなちゃんは、なかなか鋭いけど、もうちょっと男心の勉強が必要だな」
「は、え?」
「こないだの続き、しよっか」

こないだ、と言われて、船の上でのことが思い出されて、顔が熱くなる。何かを言い返そうと開いた唇は、快斗によって簡単に奪われてしまった。
けれどそれも、思っていたよりも簡単に離れた。にやり、と快斗が笑う。

「……なんてな。退院したら、な」
「うー…快斗………」
「ん、なに?誘っちゃう?」

据え膳食わぬはなんとやら、だせ?と耳元で囁かれて、思わず空いていた手で快斗のお腹にパンチを当てた。

「しません!」
「ちぇー。まあ、今日はゆっくり休もうな」
「うん……てなんで一緒に布団入るの!」
「我慢するんだから、これくらいイイだろ?」
「見つかったら、」
「俺がそんなヘマするとでも?」
「……この自信過剰」
「ははっ」

楽しそうに笑う快斗に、なんだかどうでもよくなって、ゆいなはため息をはきながら、もぞもぞと布団にもぐり、彼の胸にぴたりと額を当てた。

「おやすみ、ゆいな」

世界で一番大好きな人が、世界で一番近くにいてくれる。
その幸せをかみしめながら、ゆいなはそっと眼を閉じた。


(end)

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