「でも、別人なんでしょう…?」

ああ、もう限界だな。
コナンはそう思い、目を閉じた。
幼い頃からずっと一緒だった彼女に、こんな嘘をつき続けることができるはずもなかったのだ。現に、もうひとりの幼馴染には正体を見破られてしまった。

もうすべて話してしまおう。
ゆいなも蘭も、自分がなんとしても守り通せばよいのだ。はじめから、その覚悟があるのだから。

「蘭、実は俺……」
「新一…?…っ、ほんとに新一なの!?」

呼ばれた名前。だがしかし、蘭が見つめているのは、コナンではなかった。その後ろ、ちょうどドアのところ。

「なんだよその言い草は…オメーが事件に巻き込まれたっつーから様子見にきてやったってのに…」

そこに立っていたのは、制服姿の工藤新一だった。


蘭がタオルを取りに行っている間に、工藤新一はなにも言わずに階段を降りた。濡れたまま現れたのは、全てこうするための計算だろう。そして、こうして自分が追いかけてくるのも、彼の計算の上である。そうわかっていても、コナンは目の前の自分ではない自分を追いかける他になかった。

「待てよ、怪盗キッド」
「……」
「まんまと騙されたぜ。まさか白鳥警部だったとはな」

工藤新一、もとい怪盗キッドが指笛をふくと、窓辺に置いてあった籠から、白い鳩が飛んで彼の肩にとまった。どうやら正体を隠すつもりも、すぐに身を隠すつもりもないらしい。
コナンのひとつひとつの推理を聞きながら、彼は微笑みを浮かべる。
白い鳩を愛でるように、何匹も身体にとまらせながら、「それで?」とキッドは先を促す。

「他に気づいたことは?」
「夏美さんの曽祖母が、ニコライ皇帝の三女、マリアだってこと言ってんのか?」

マリアの死体は見つかっていない。
それはきっと、香坂喜市が彼女を助け出し、日本に連れ帰ったから。
やがて二人の間に子供が産まれたが、そのすぐ後にマリアは死亡。ロシアの革命軍からその亡骸を守るため、喜市はあの城を立て、エッグに城のヒントを残した。

「……ま、こう考えれば、全ての謎が解ける」
「君にひとつ助言させてもらうぜ」
「?」
「世の中には謎のままにしておいたほうがいいこともある、ってな」
「確かに。この謎は謎のままにしておいたほうがいいのかもな……それから、オメーとゆいなのこと、とかもな」

すましていた怪盗の顔が変わったのを、コナンは見逃さなかった。

キッドの生死が分からなかった時のゆいなの青ざめ様。白鳥が船に来てから元気になったこと。それから白鳥とのやけに親密な様子。彼が誰だったのかということを考えれば、この謎も解けてしまう。

「そうだな。君にとっても、謎のままのほうがいいかもな」
「………ゆいなに手、出してねーだろうな」
「はは、私は怪盗ですが紳士。本当に愛する人にしか手は出しませんよ」

本当に愛する人にしか、ね。
その言葉が何を意味するのか、コナンには予想が出来たが、あえて気付かなかったことにした。
この謎の答えに気付いてしまったときに、ゆいながどんな顔をするのか。それを想像すると、コナンはそれ以上言うことができなかった。

彼女には、いつだってとにかく笑っていて欲しいのだ。

それを悟ってか、キッドはくすりと笑みを零した。

「じゃあその代わりに。この謎は解けるかな?名探偵」
「は?」
「何故俺が工藤新一の姿で現れ、やっかいな敵である君を助けたか」

その時、タオルを抱えた蘭が急いで階段を降りて来た。それに気付きコナンが一瞬意識を逸らした瞬間、ぱちんとキッドの指が鳴る。
彼の姿が消えると共に、空に何羽もの鳩が空に飛んでいくのを、コナンはじっと見上げていた。
はらはらと白い羽が落ちるのを、一枚拾い上げて、ふっと笑みを浮かべた。

「(バーロー、そんなの謎でもなんでもねーよ。こいつを手当したお礼、だろ)」


「ま、鳩のお礼っつーのもあるけど、その本当に愛しい人に頼まれたからなんだけどな」

快斗は、白いベッドに近づき、その中を覗き込んで微笑んだ。
そこには、すやすやと安心したように眠る、愛しい彼女。ゆいなの頬に手を滑らせて、ため息を漏らす。

「まったく、安心しきった顔で眠りやがって…無防備だっつーの……」

この子はどうも男心というのを理解出来ていない、と快斗はよく思うことがある。好きな女が他の男の話をすれば嫉妬だってするし、心配にもなる。目の前で無防備な姿を晒されれば、いくら紳士なふりをしていたって、心の中ではオオカミが牙を向く、そういうものだ。
だけど彼女は、自分のことを完全に信頼してくれてしまうから、どうにも快斗はその牙を仕舞うしかなくなってしまうのだ。

ふに、とその唇に親指を押し当てて、感触を確かめる。
この唇が描く、優しい微笑みが好きだ。
自分の名前を呼ぶ声も、きらきらと輝く瞳も、体温も、髪も鼻も指先まで、全部が好きだ。全部自分のものにしたい。自分だけに笑っていて欲しい。

「なのに、俺、サイテーだな……」

プライドと下手な自信のせいで、彼女を泣かせてしまった。
今でも、あの青ざめた、涙を耐える顔が脳裏に浮かんで、胸が苦しくなる。

“大切な人と、重ねてしまって…”

白鳥として、その顔をみて声を聞いたとき、彼女が一人でどれだけ必死に立っていたのかがわかってしまった。
愛しくて切なくて悔しくて、どうしようもなくなった。気付いたら部屋に引っ張り込んで、抱きしめていた。

「こんなことじゃ、あの名探偵に盗まれちまう、かな…」

ゆいなが大切だと言い切った、工藤新一。快斗は、彼の姿をマネしふりをすることはできても、ゆいなと彼の絆をどうにかすることは出来ない。自分と工藤新一との間には、大きな差があるのかもしれない、と快斗はそこまで考えて、首を横に振った。

怪盗が、大切なものを盗まれるなんて、そんなお笑い種があってたまるか。


「悪いけど、オメーは誰にも渡さねーから」

快斗は、すやすやと眠るゆいなの頭の横に手をついて、ぽそりと呟いた。
ちょっとくらいならいいだろ、と自分に言い聞かせながら、そっと顔を寄せる。
どこが紳士なんだか、と野暮なツッコミはこの際なしだ。

愛しくて仕方がない彼女の唇に、快斗はそっとキスを落とした。


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