病室の電気を消して、ゆいなはぼんやりと天井を見つめていた。
蘭の辛そうな顔と、優しい微笑みが、頭の中で交互に入れ替わる。何が正しいのかわからなかった。今出来ることが、思いつかない。

その時、少し開けていた病室の窓のカーテンが、ひときわ大きくふわりとなびいた。


「………窓からなんて、不法侵入だよ」

いつのまにか窓枠に腰掛けていた怪盗キッドが、くすりと微笑んだ。

「大丈夫そうだな」
「うん。ていうか、なんでキッドなの?」
「快斗のまんまだと、それこそ本当にただの不法侵入だろ?キッドのほうが、夢がある」
「なにそれ」

ふ、と吹き出すと、少しだけ心が軽くなるような気がした。
キッドは身軽に降り立つと、起き上がったゆいなの頬にひとつキスを落として、ベッドに座り、彼女の頭を撫でた。

「たいしたことなくて、よかった」
「ん、ありがとう」
「助手席でオメーが意識失った時は、息が止まるかと思ったぜ」
「そうだったんだ……ごめんね」
「ゆいなが無事なら、それでいい」

頭を撫でていた手が背中にまわり、そのままゆっくり、力強く抱きしめられる。
包み込むように暖かい彼の腕に、ゆいなは身を任せるように目を閉じる。彼が触れるだけで、心が安心で溶け出してしまうような気がした。

本当に、この人がここにいてくれてよかった。

心の底からそう想えるほど、彼のことが好きだった。


幸せだ、そう感じるたびに、彼が死んでしまったのではないかと不安に押しつぶされそうになった時の、あの感情がちらちらと見え隠れする。
もう二度とあんな想いはしたくない。
だからこそ、やはり、蘭にも同じような気持ちにさせたくない。


「……なんか悩み事か?」

キッドは、鋭すぎるくらい鋭かった。
ゆいなは、彼の胸から顔をあげて、少し唇を開いて、またきゅっと閉じた。
言えるはずがなかった。
しかし、キッドはそんな彼女の様子を見て、にやりと笑った。


「江戸川コナン……いや、工藤新一のことか?」
「……っ、なんで、」

ゆいなは目を見開いた。彼の口からその名前が出てきたことだけでも驚くことなのに、自慢そうにキッドは微笑んで、当たり前のように工藤新一のプロフィールを並び立てる。
それはゆいなの知る限り、全て正しいことだった。
ぽかん、としている彼女の額に、キッドのデコピンが飛ぶ。

「バーロー、俺をなんだと思ってんだ?天下の大怪盗キッド様だぜ?」
「え、でも……」
「あいつの行動を観察して、周りの人間関係なんかを調べればすぐ分かることだ」
「そういうもの…?」
「それに、オメー炎の中で、必死に“新一”って呼んでたし」
「……え!?」

ゆいなはぱっと口を覆った。
そんなこと、記憶になかった。けれど、逆に言っていないという確証もない。
それだけ必死になっていたのだから、無意識に彼の名前を呼んでいてもおかしくなかった。嫌な汗が流れてきて、ゆいなは思わずキッドの服を掴んでいた。

「快斗、このことは……」
「わーってるよ。秘密、だろ」
「絶対誰にも言わないで……!」
「俺がゆいなを困らせるようなことするわけねーだろ。ただ、」
「……ただ?」

不安そうに見上げるゆいなに、キッドがずいっと顔を近づけた。
驚いて反射的に後ろに下がってしまい、そのままの勢いでバランスを崩して、ゆいなの頭は枕にぽすんと収まった。
それに覆いかぶさるようにゆいなを見下ろして、キッドはにやりと笑った。

「あんまりアイツとべたべたしない。それが俺からの条件な」
「え?」
「わかったら返事は?」
「え、っと……はい」

よろしい、ととても爽やかな笑顔を浮かべると、キッドは戸惑っているゆいなをまた起き上がらせて、その手を握った。

「で、何を悩んでるんだ?」

あくまでも悩みを聴いてくれるという彼の姿勢に、もう今更何も隠すことはないだろうと。ゆいなはぽつりぽつりとことの状況を説明しはじめた。


「……なるほどなあ」
「何か、蘭を安心させてあげられる方法があればいいんだけど…」
「んー、つまり、江戸川コナンと工藤新一が別の人間だって、彼女が確信できれば、それが一番いいんだろ?」
「そうなんだけど……」

その方法が思いつかないのだ。
何かすごく、難しいようで簡単なことのようにも思えるのだけれど。

ゆいなが思い悩んでいると、快斗が、そういえば、と呟いた。

「俺たち、勝負してたよな?」
「………え?あ、うん、そうだったね」
「勝負の行方は?」

色々あってすっかり忘れていたけれど、この事件は、「勝負しよう」という快斗の提案からはじまっていた。
勝ちの条件も特に決めずに始めた勝負だし、もうなかったことになったものだと思っていたのに、キッドはうんうんと唸り出した。

「最終的に予告状の暗号を解いたし、俺はエッグを盗めなかったから、ゆいなの勝ちかな」
「え?でも快斗の目的は、エッグを盗むことじゃなくて、夏美さんのところに返すことだったんじゃないの?」

てっきりそうだと思ってたんだけど、と首を傾げると、キッドは目を丸くして、それからおかしそうに笑い出した。

「え、なんで笑うの!?」
「いや、ゆいなはほんと、俺のことよくわかってるっつーか……やっぱり、オメーの勝ちだよ」

よしよし、と子供を褒めるように、ゆいなの頭を撫でる。
子供のように扱われるのが不服だったし、そもそも何故そんなにも無理矢理勝ち負けを決めたいのかよくわからなくて、その手を振り払おうとして、はたと気がついた。
まさか、と思い顔を上げると、全てを見通したように微笑むキッドがそこにはいた。


「勝ったご褒美に、お嬢さんのわがままをなんでもおききしましょう。この、変幻自在の怪盗キッドが」



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