「……しん、」
「待て、ゆいな。今は駄目だ」
飛び出そうとしたところを腕を引っ張ってとめられ、物陰に二人して座り込む。すぐ傍まで迫っている火と、緊張感のせいで額にじんわりと汗が滲むが、それを拭うような余裕はなかった。
立ち上がってしまわないように、と快斗はゆいなのお腹に手を回している。本当はいますぐコナンのところに駆け寄りたい。けれど、快斗の駄目だという言葉をなんとか飲み込み、衝動を押さえ込んだ。
大人びたコナンの声が響く。
その言葉は、江戸川コナンではなく、工藤新一のものだった。
「その銃には、もう弾は入ってないよ」
「……いいことを教えてあげる。あらかじめ弾を装填した状態で新たに8発弾を入れると、9発になる。つまり、もう一発撃てるのよ」
「……じゃあ、撃てよ。本当に弾が残っているならな」
だめ、と声を上げそうになるのを、快斗の手のひらが押さえ込んだ。
青蘭の注意を逸らすことが出来たら、一瞬の隙が出来れば、新一ならなんとかしてくれる。賭けのようなものだけれど、ゆいなには彼を救う方法が他に思いつかなかった。
しかし、快斗は首を振る。
「あいつ、オメーの大事なやつなんだろ?」
「………うん」
「だったら、あいつを信じてやれよ」
快斗の手が、口を離される。けれど、ゆいなは叫ばなかった。ただじっと声を殺し、真っ直ぐに立つコナンを見つめた。
変わりに、青蘭がくすりと笑う。
「……バカな坊や」
青蘭の銃口が、まっすぐコナンの右目を狙う。
その青蘭の微笑み方で、弾は入っている、と思った。青蘭の言っていることは正しかったのだ。
しかし、もう遅い。
「……っ、新一!」
ひゅん、と細い音がして、眼鏡越しのコナンの右目に、正確に銃弾が打ち込まれる。
ぐらり、その体が傾いた。しかし、崩れると思った彼の体はしっかりとした足に支えられ、撃たれたと思った右目は、眼鏡すらも傷がついておらず、コナンは目を開いてにやりと笑った。
驚いたのは、青蘭も同じだった。
「どうして……くそっ」
すぐにしゃがみ込んだコナンが、スニーカーのダイヤルを回す。
慌てた青蘭が、拳銃に弾を込めなおす。その銃を、何かが弾き飛ばした。
ぱっと横を見れば、快斗がトランプ銃を彼女に向けていた。
「くらえ…!」
スニーカーによって上げられた脚力と、コナンの正確なシュートによって飛ばされた瓦礫が、青蘭の腹を直撃する。後ろに吹き飛んだ青蘭は、意識を失っていた。
「生憎だったな、スコーピオン。この眼鏡は博士に頼んで、特別性の硬質ガラスに変えてもらってたんだ」
「コナンくん!大丈夫かい!?」
突然白鳥の声に戻り、飛び出した快斗に、慌ててゆいなはその後に続いた。
「ゆいな……!?」
「大丈夫!?怪我してない!?」
「ちょ、オメーどうして、」
「いいから、脱出するんだ!」
意識を失った青蘭を抱き上げた白鳥が声を荒げる。ゆいなはコナンを抱きかかえて、彼について行こうとした。だが、もうすでに回りきった炎が、天井を崩し始め、白鳥との間に瓦礫が落ちてきた。一歩後ろに下がるが、そこも炎が高く燃え上がっていて、行き場がない。
「……っ」
「ゆいな!上!」
コナンが声を荒げる。見上げると、炎をまとった柱が、ゆっくりとこちらに傾いてきていた。
「……危ない!」
ゆいなは咄嗟にコナンを守るようにしゃがみこんだ。
ぐらり、目の前が赤に染まった。
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