「どういうつもりなんだこいつら……」
「いいじゃないですか毛利さん。大勢のほうが楽しくて」
あきれ返った表情のコナンに続いて暗闇から戻ってきたのは、少年探偵団だった。他に入り口がないか探していたら、床が突然開いてこの中に落ちてしまったらしい。ハプニングだというのに、どう見ても楽しんでいる子供達の様子に、ゆいなは少し心が和らぐのを感じた。
それと同時に、どこかにスコーピオンがいるのでは、という疑いが胸を蝕む。
入り口は砂埃の具合からして自分達より前に誰かが開けたとは思えなかったが、子供達が入ってきたような別の入り口がまだ他にあったとしたら。
「灰原……オメーがついていながら…」
「しょうがないじゃない、不可抗力よ」
「もしかして…哀ちゃんも探検したかった?」
「……さあ?」
「………」
すました笑顔を浮かべる灰原を、コナンは睨み返す。まあまあ、とゆいなが宥めたところで、一行の足が止まった。
「あれ、行き止まり?」
どこまでも続いているように思えた道が、突然壁にふさがれた。
鳥がたくさん描かれた壁。それは道の行き止まりよりも、むしろ何かの扉のようにも感じられた。
「何か仕掛けがあるのかな……」
「双頭の鷲…これは…皇帝の紋章ね」
「…!白鳥さん、あの双頭の鷲の王冠に、ライトの光を細くして当ててみて!」
コナンに言われたとおりに、白鳥がライトの光を細くする。すると、王冠がきらりと光を反射し、次の瞬間には地割れのような音が辺りに響き渡った。
「下がって!」
ゆいなは白鳥に肩を押され、後ずさる。地面が割れて、入り口と、それに続く階段が現れた。あまりの規模の仕掛けに、子供達や毛利が感嘆の声を漏らす。
行きましょう、と先頭を切った白鳥に続いて、ゆいなたちは階段を降りた。
「まるで卵の中みたい…」
「ほんとね」
備え付けの油のランプに火が灯ると、部屋の全体像が見て取れた。
中央にある台座のようなものと、ひとつの棺。その棺は夏美さんが持っていた鍵で開き、中には一人の遺骨、たぶん夏美さんの曾祖母であろう遺骨が横たわっていた。その手には、緑色ではなく、赤いエッグ。
大きさからして、マトリョーシカのように中に、もう一つのエッグが入っていたのでは、という見解になったが、残念ながら手元にもうひとつのエッグはない。
と、思ったとき、白鳥がにやりと笑みを浮かべた。
「エッグならありますよ」
「…え?」
「こんなこともあろうかと、鈴木会長からお借りしたんです」
「……てめえ、まさか黙って借りたわけじゃねーだろうな?」
「や、やだなあ、そんなことするわけないじゃないですか」
いや、確実に黙って借りてきたのだろう。
ゆいなは内心あきれ返るも、白鳥の持ってきたエッグは見事に赤いエッグの中に納まり、コナンの指示で台座から天井に向けられた一本の光の上に、それが置かれる。
「……エッグが、透けて……!」
じんわりと光が染みこむように、外側のエッグ、続いて中のエッグが透けて、中にある金色の皇帝一家の像が動き出す。光で動く仕掛けになっていたそれは、ゆっくりと本のページをめくりだす。
と、次の瞬間、溢れ出した光が飛び散るように天井に向かって走り、それを追いかけて見上げた一同は、言葉を失った。
「……すごい」
そこに映し出されたのは、写真だった。
幸せそうな、家族の写真。ゆいなは皇帝一家の顔は分からなかったが、この家族がそうなのだろうということはわかった。
天井に映し出された、どの写真も皆笑っている。そこには確かに、幸せな家族の姿があった。
「もし、暗殺されずに、これが一家の手に渡っていたら…」
「こんなに素敵なプレゼントはありませんね」
皆がその素敵なプレゼントに目を奪われていた。
その写真の中には、夏美さんがずっと顔を知らなかったという曾祖母の写真もあった。とても美しい人だ。
夢中になってそれを眺めていると、すうっと光が収まって、きらきらとした余韻を残し、まるでマジックのようなそれは暗闇に帰った。
全員が美しい贈り物に心を奪われて放心していると、セルゲイがエッグを取り上げて、そっと夏美に渡した。
「ロシアは二つのエッグ共々、権利を放棄します。これはあなたが持っていたほうがいい」
「ありがとうございます。あ、でもひとつは鈴木会長の…」
「なに、会長も分かってくれるでしょう!」
ゆいなは、彼が初めはエッグを狙って殺伐とした雰囲気だったのが、エッグの正体を知って、和らいでいるのを感じて嬉しくなった。同じように、高値で買おうとしていた美術商の乾も諦めてくれたか、と思って彼の表情を見ようと周りを探して、ゆいなははたと気がついた。
「乾さんが、いない?」
どこか光の届かないところにいるのか、そう思って皆から少し離れて、入り口のほうに戻る。ライトで探してみるが、いない。
そのことを伝えようと振り向いたとき、コナンの大声が上がった。
「拾うな!蘭!」
転がった懐中電灯の光。鋭い声。次の瞬間には、何かによって高いところの壁が弾ける。
銃だ。そう分かった瞬間、子供達が悲鳴をあげた。
頭を下げろ、コナンがそう叫ぶが、離れているゆいなには状況が分からない。
慌てて懐中電灯をそちらに向ければ、こちらに走ってくる人影があった。
ゆいなが握り締めたライトが、その人物の顔をさらけ出す。
「青蘭、さん、」
いつか見た彼女の射殺すような目と、細く長い銃口が、ゆいなに向けられていた。
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