「……ったく、ほんっとオメーは頑固だよな」
やっぱり、と口には出さず、ゆいなは内心で苦笑した。
集合場所に現れたゆいなに白鳥は目を丸くして、それから隙をみて彼女の腕を引っ張って連れ出し、きっと目を吊り上げてゆいなの両頬を引っ張って怒り出し、今に至る。
正直、白鳥の顔で怒られるのは、快斗に怒られるよりも怖かった。
「ここまで来たんだから、ゆいなが今更引き下がるとは思ってねーけど……せめて事前に連絡くらい、」
「携帯海に落としたのはどこの誰?」
「………」
このヤマが終わったら、すぐに携帯買いにいかなきゃな。
そう独り言のように呟くと、快斗はゆいなの頭をぽんぽん、と叩いた。
「ヤマって……そういえば、どうしてエッグを盗んだの?」
「それは……」
車を止めている方から、蘭がゆいなを探す声が聞こえた。
それに振り向いて返事をし、また彼に向き合った時には、そこに居たのは快斗の白鳥ではなく、白鳥そのものであった。
快斗よりも数段低いその声で、白鳥は言った。
「城に入れば、きっと分かりますよ」
ドイツ風のそのお城を見上げ、シンデレラ城のようだという白鳥の言葉に、ゆいなは感動しながら頷いた。本当にその通りだった。まるでここだけ時代と世界が違うような雰囲気に、思わずため息を漏らすと、隣に居た夏美がくすりと笑みをこぼした。
「宝物なんです。このお城も、エッグも。曽祖父が残してくれたものですから」
「そうですね」
その時、白鳥の目が何かを考えるように細められたことに、到着した阿笠博士たちに気を取られたゆいなは気付くことがなかった。
「あ!ゆいなお姉さんだ!」
「ほんとだ!お久しぶりです!」
走ってきた歩美を抱きとめ、ゆいなは少年探偵団ににこっと笑って手を振る。コナンが城で宝探しをする、と思っている彼等は、阿笠博士の車にこっそり乗ってきてしまったらしい。城には入らないようにと厳重に注意する毛利だったが、返ってきた返事があまりにもいい返事だったので、逆に心配になってしまう。
「オメーもだぞ」
「え?」
「俺から離れんなよ」
自分よりずっと小さい小学生にとても頼もしいことを言われてしまって、ゆいなは思わず笑いをこぼしてしまった。それを危機感が足りていないと取ったコナンが怒ったように顔を上げるが、微笑んだまま抱き上げると、怒りではなくて顔を赤らめて暴れ始める。そんな反応を楽しんでいると、肩をとん、と叩かれて、白鳥がゆいなの腕を掴んだ。少し強引に引くものだから、バランスが保てず慌ててコナンを下ろす。
「行きましょうか、ゆいなさん」
「え、あ、」
「……ねぇ、コナンくん、あの二人っていつのまにあんなに仲良くなったのかな?」
「………さあ」
「写真がいっぱい……」
何かに気がついた様子のコナンの提案で入った執務室には、ずらりと写真が並んでいた。夏美の曽祖父である喜市の写真や日常的な写真の中に、曾祖母の写真はない。
「おい!この男ラスプーチンじゃねえか!」
乾が声を上げ、指をさした写真を見て、セルゲイがそれを肯定する。その写真には、ロシア人の男と、喜市が並んで写っていた。
「お父さん、ラスプーチンって?」
「俺も世紀の大悪党だった、ってことぐらいしか……」
毛利の変わりに、乾が写真から目を離して説明をした。
「奴はな、怪僧ラスプーチンと呼ばれ、ロマノフ王朝滅亡の原因を作った男だ」
「怪僧……?」
「経歴が不明で、変わった風貌だったからそう言われていたそうですね」
「最後はユスプフ公爵に殺害されたんだ。川から発見された遺体は頭蓋骨が陥没し、片方の目が…潰れていたそうだぜ」
蘭が息を呑む。ゆいなもその情景を想像してしまい、身を強張らせた。とてもひどい殺され方をしたと聞いたことがあった。それに気がついたのか、白鳥が「それよりもエッグを探しましょう」と話題を変えてくれた。
その時、コナンが突然毛利のタバコを奪い、その煙をそっと床に近づけた。風が来るはずのない方向から吹いて、煙がゆらゆらと揺れる。床をごそごそと漁ったコナンは、ついにロシア語で作られたキーパッドを見つけた。
「ロシア語…」
「セルゲイさん、ロシア語で押してみて」
しかし、思いつく言葉のどれを入れても、何の反応もない。
文字数もキーワードも分からないそれは、とても途方のないことに思えた。
一瞬、しん、と静まり返ったところで、コナンがぽつりと呟いた。
「……バルシェ、肉買ったべか…」
「え、それって夏美さんが忘れられないって言ってた変な日本語?」
「バルシェ……?うーん…」
「それって、ボルシェブニク、カンツァベガのことじゃないですか?」
突然、ぽん、と思いついたというように青蘭が声をあげた。
全員が青蘭を振り返る。セルゲイはそうか!と納得した様子だ。
「それってどういう意味?」
「えーと、日本語では……」
「世紀末の、魔術師」
ゆいなはぱっと白鳥を振り返った。彼は驚いた風を装っているが、ゆいなと目が合うと、少しだけ口角をあげる。
世紀末の魔術師。
キッドが、予告状に使った名前だった。
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