園子に連れられて、蘭の部屋に入ったゆいなは、可愛らしく鳴いて出迎えた真っ白い鳩に目を丸くした。

「もしかして、キッドの鳩?蘭が治療してくれたの?てっきり警察に居るのかと……」
「コナンくんが連れてきたのよ」

痛々しく包帯をしているが、ゆいなが近づくと鳩は嬉しそうに大きな声で鳴いた。

「ふふ、ゆいな懐かれてるね」
「そ、そうかな…」

人差し指で頭を撫でると、うっとりと目を細める姿に、ゆいなは少し笑みをこぼした。携帯に連絡がない今、この鳩がキッドとの唯一の繋がりに思えたのだ。

「青蘭さん連れてきたよー!」

園子の明るい声が飛び込んできて、ゆいなたちはお茶をしながらおしゃべりに花を咲かすことになった。
コナンが心配そうに見上げてくるのに気付いていないふりをして、ゆいなはいつにも増して元気に振舞った。部屋で一人で塞ぎこんでいても仕方ないし、元気な姿をコナンに見せなければという思いもあった。


「ねえ、デッキに出て見ない?きっと夕日が綺麗だと思うわ」

名前の話や誕生日の話、そんなたわいない会話を一通り終え、お菓子も底をついた時、夏美が窓の外を指差した。

「いいですね、行きましょう」
「あ、だったらちょっと部屋戻ってカメラ持ってくるわ」
「夏美さんたち、先に行ってて下さい。私ここ片付けてから行きますから」
「いいんですか?…じゃあ、コナンくん行こっか」
「うん!」

カメラを取りに戻る園子と、すっかり仲良くなった夏美と青蘭、そしてコナンが部屋を後にする。
蘭と共に部屋に残ったゆいなは、食器を重ねてトレーに乗せる。

「夏美さんも青蘭さんも、美人でいい一人だね、蘭」
「……」
「……蘭?」

はっと顔をあげた蘭は、ごめん聞いてなかった、と申し訳なさそうに笑った。
何か思い悩んでいる様子の彼女を放っておけるはずもなく、ゆいなはソファに座らせて、話を促した。

「私、どうかしてるよね…」
「え?」
「笑っちゃう話なんだけど…コナンくんがね……新一に、見えるの」

ゆいなははっと息を呑んだ。
こうなることは、正直想像出来たことだった。蘭は新一の小さい時を知っている。眼鏡をかけているからといって、簡単に欺けるほど彼女たちの関係は浅くない。
それでもずっと秘密にしてこれたのは、そんなことあるはずがない、という先入観のお陰だった。誰かが一言肯定したら、一気に蘭は確信を得るのだろう。

「そ、そんなことあるわけないじゃん!コナンくんが新一なんて……確かに似てるとこあるけど、歳違いすぎるよ」
「そうだよね……さっき言ってたコナンくんの誕生日が新一と同じだったから…つい」
「…!た、たしかに」

新一のバカ!と心の中で罵りながら、ゆいなは笑顔を浮かべた。後で会ったら注意しておかなきゃ、と心に決めて、ぽんと優しく蘭の肩を叩いた。

「新一のこと心配だもんね…そういう風に考えちゃうのもしょうがないよ」
「……ゆいな、」
「それもこれも、滅多に連絡してこない新一のせいだし!今度会ったら二人でとっちめてやろ?」
「…ふふ、うん!」

にこ、と笑った蘭に、ゆいなはほっと溜息をついた。
蘭の不安や心配が、今のゆいなには痛いほどわかった。連絡がないこと、行方が知れないことがこんなにも怖いことだなんて思ったことがなかった。

「さあさあ、デッキに行こ!」

ゆいなは蘭を立ち上がらせると、そのまま元気良く背中を押した。


「電話?」
「そう!蘭に電話、いますぐ!」
「なんだよ急に…」
「誕生日!さっき言ったでしょ!新一と一緒だって、蘭が疑ってた」
「…あ!やっべ、」

はっとしてコナンは慌てて携帯を取り出した。廊下でかけるわけにもいかず、彼が近くの空き部屋に入るのを見届けて、ゆいなは自分も携帯を取り出した。

「私にも電話かけてよ、バ快斗…」

夕飯の時間までもう少しあるらしいし、ゆいなはそれまでしばらく一人でいようと決めた。何度目かわからないコール音を耳に当てながら、外に向かう階段を登る。
踊り場を曲がったところで、上の廊下に人影が現れた。

「あ、青蘭さん」

かからない電話を閉じて、ゆいなは声をかけた。彼女ははっと振り向くと、すぐにやんわりと笑顔を浮かべた。

「(なんだろ、今……)」
「どうしたんですか、ゆいなさん」
「え、いや、夕飯まで外でのんびりしようかなって…青蘭さんは?」
「私はちょっと、船内を探検に」

ゆったりと笑う彼女はとても淑やかで、風邪をひかないようにとも気遣ってくれた。
とくにそれ以上話もせず、ゆいなはそのままデッキに出た。

「(気のせい…だったのかな)」

彼女が振り向きざまに見せた表情が、とても冷たく凍り付いて、瞳からは射殺してしまいそうなほど鋭い光が放たれていたように見えたのは。


そう、まるで本当に、誰かを殺してしまいそうなほど。


思い出すと背筋に寒気が走り、そのイメージをすぐに頭から追いやった。
その時、ずっと沈黙を守っていた携帯が、ポケットの中で音を立てた。
取りこぼしそうになりながら、画面もろくに見ずに通話ボタンを押す。

「……っ!かい、」
『ゆいな!無事か!?』
「しん、いち?」

聞こえてきたのは、紛れもないコナンの声。
そのことに落胆しつつも、ただ事ではない彼の焦りように、緊張感が走った。

『オメー今どこにいるんだよ!?』
「どこって、デッキに出てる、けど」
『すぐにこっちに戻って来い!』
「え、ちょ、何があったの?」

一瞬の間。
コナンの様子から、よくないことがあったのだと想像は出来た。
どくんと煩い心臓を押さえつけて、ゆいなはゆっくりと呼吸をした。


『寒川さんが、殺された』


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