警察の捜索の甲斐もなく、キッドの生死ははっきりしないまま、ゆいな達は朝一番で鈴木財閥の船に乗り、エッグに傷がないか精密な検査をするために、東京に戻ることになった。
キッドの行方が分からない状態で大阪を後にすることに気が引けたゆいなだったが、エッグの傍に居ることが、キッドの手がかりを掴む一番の近道だと考え、園子たちに着いて行くことにした。
一向に鳴らない携帯をポケットにしっかりと入れたまま、ゆいなは豪華客船と言えるそれに乗り込んだのだった。


「私の曽祖父は喜市といいまして、ファベルジェの工房で細工職人として働いていました」

キッドの予告のその時間、美術館に押しかけてきていたという香坂夏美の前にエッグが置かれ、それを取り囲むように一同は座って話を聞いていた。
彼女の曽祖父は、ロシア人の女性と結婚をし、ロシア革命後に日本に戻ってきたらしい。彼女の祖父と両親は五歳のときに交通事故で死亡し、育ての親であった祖母も先月亡くなってしまった。そんな彼女の人となりを聞いて、#つぐみ#は目を伏せた。
つまり彼女は今、一人ぼっちなのだ。
同じとは到底言えないが、一人で何も出来ずに不安に苛まれている自分とは違って、目の前の彼女はとてもしゃきっとして見えた。

「祖母の遺品を整理していましたら、曽祖父が書いたと思われる、古い図面が出てきたんです。真ん中が破れてしまっているんですが……」

そう言って広げられたのは、メモリーズエッグの図面であった。
コナンの言葉により、もとの図面にはエッグが二つ描かれていることが判明する。
しかしそれだけですっきりしないとでも言うように、エッグを手にとって眺めるコナンの手元から、一枚の小さな鏡が零れ落ちた。

「西野さん、明かりを消して!」

叫ぶコナンの声に従って、部屋の照明が落とされる。鏡に反射した光が壁に当たったとき、その場にいた全員が息を呑んだ。
そこにはくっきりと、立派な城の絵が映し出されていた。

「沢部さん、このお城……」
「はい、横須賀のお城に間違いありません」

この横須賀の城に、香坂喜市が作ったもうひとつのエッグが隠されている可能性が高いのでは、と小五郎が推理した途端に、集まっていた人々のまとう雰囲気が変わったのを、ゆいなは見逃さなかった。

「(やっぱり、この人たちエッグを狙ってる……だとしたら快斗は、エッグを守るため、に、)」

そこまで考えて、ゆいなははっと思考をとめた。
コナンがじっとこちらを見ていたのだ。
自分が今どんな顔をしていたのかを想像して、ゆいなは一瞬だけ唇を噛むと、すぐにやんわりと笑顔を浮かべた。

結局、夏美に彼らのエッグを狙う意図は伝わらなかったのか、彼女は彼らが同行することをあっさりと認めてしまい、一行は東京に着いたら横須賀の城に向かうことが決まったのだった。


「ゆいな」

後ろから掛けられた声に、ゆいなはびくっと肩を揺らした。
振り向くと、眉を顰めたコナンがこちらを見上げていた。あえて同じ視線にしゃがむことはせず、小さく首をかしげてみせる。

「大丈夫か?」
「え?」
「昨日から顔色悪いし、さっき話聞いてるときも何か違うこと考えてたみてーだし……オメーもしかして……キッドのこと、」
「そんな、昨日色々あって寝れなかっただけだよ。服部君も事故ったって聞いたし。大丈夫だったの?」
「……ああ。たいした怪我じゃないみたいだ」
「そっか、よかった」

コナンからキッドの名前が出てきたことに戸惑うが、ゆいなはいたってなんでもないように答えた。ポーカーフェイス、と愛しい彼の声を頭の中で繰り返しながら。
それだけでも泣きそうになってしまって、たまらず無理やり笑顔を浮かべる。

「とにかく……なんでもいいけど、無理はすんなよ」
「新一、」
「オメーがそんな泣きそうな顔してるの、見てらんねーから」

ふい、と顔を逸らした彼は、そのまま自室に入ってしまった。
名探偵の彼には、どうやら全てお見通しらしい。たまらず零れそうになった涙を、なんとか瞳にとどめる。
今すぐコナンを追いかけて、胸の内を全部吐き出して、泣いてしまいたかった。
彼ならきっと、大丈夫だと言ってくれる。その大丈夫の一言が、ゆいなはどうしても欲しかった。

それでも、駄目なのだ。

「……生きてるんだから、絶対」

だから、キッドの正体を危険に晒すようなことはできない。
たとえそれが、絶対の信頼を置いている工藤新一相手であっても。


prev|top|next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -