残るすべての力を持って、自分のすべてを否定した。消えてしまえと強く願った。こんなにも怒りや悲しみに塗りつぶされて、どろどろに溶け出しそうになったのは初めてだった。自分の輪郭が形を失っていくのがわかる。ナマエ・ミョウジという人間の形が。
目を開けると、海の底にいた。
そう思ったのは、目に映ったのがずっと遠くでキラキラと輝く水面だけだったから。
指先すらも動かない身体に、このまま溶けて、終わりを迎えるのだと分かった。死を受け入れる瞬間というのは、こんなにもあっさりとしたものなのか。
「(みんなはもう、大丈夫だね…)」
ドロドロとした感情はいつの間にか消えていた。
穏やかな波のようなものが、身体を揺らす。もしかしたら溶け出した自分の体が揺らめいているのかもしれない。そう思うと、より一層充足感があった。自分の形が無くなることは、大切な人たちの形を保つことだと無意識に分かっていたから。
目を閉じてもう一度開けると、一瞬で水面が消えて、代わりに降りしきる雪の中、こちらに向かって苦しそうに叫ぶ男の姿が見えた。声がうまく聞き取れない。聞いたことがある声のような気もする。
「……君の名前を……教えてくれ」
「(名前、名前……なんだっけ)」
意識がぼんやりとしていて、それが見たことがある光景なのか分からない。
走馬灯ってもっと幸福感のあるものだと思ってた、とゆったりと思考しながら、再度目を閉じる。
次に映ったのは、ホグワーツのクィディッチ競技場だった。ジェームズが、黄金に輝くスニッチを掴んで腕を上げる。聞こえるはずの歓声はない。
「(あれ?ジェームズはシーカーじゃないのに…)」
瞼を持ち上げていられなくて、また目を閉じる。
今度はもう、次の場面を見る気力はなかった。
代わりに、遠くから聞こえるような声が、頭の中に直接響く。
「君のその力は、"過去をなかったことにする力"だ」
賢そうな、けれど人間のぬくもりを感じない青年の声だった。嘘の感情で動く人形みたいで、とても嫌いだった。
「(……知らない、そんな、力なんて)」
言い返したかったが、もう喉は音を作り出すことができなかった。
また、"力"。もううんざりだ。
もう全部終わりにしてほしい。なかったことにしてほしい。
最後の気力を振り絞って、もう一度目を開けた。
黒髪の男が静かに泣いていた。灰色の星を集めたような瞳から次々と零れ落ちる雫を、ただ黙って見つめた。
「 」
自分の名前だったような、そうでなかったような気がする。
「……なかないで」
声になったのか、ならなかったのか分からなかった。その溢れ出る涙をとめたかった。泣いて欲しかったわけじゃない、自分の代わりに、幸せに生きて欲しかっただけ。
「 」
なんと言っているのか聞き取れない。
その時初めて、死ぬことが急激に恐ろしくなった。溶け出した自分を急いでかき集めたくなった。まだ目を閉じたくない。まだ耳を塞ぎたくない。まだ、まだ、
「…泣かないで…シリウス…」
だって、終わりまで一緒にいたいと、あんなにも願ったのに。
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