ハリーは、星空がきらめく大広間の天井をじっと見上げていた。
魔法で作られた星空の下で寝袋に包まれて横になっているなんて、まるでキャンプのようだと状況にそぐわないことをぼんやりと考える。生徒全員で大広間で寝るなんて、ハリーのこれまでの学園生活で一度もなかったし、他の生徒も経験したことがないようだった。
それだけ、シリウス・ブラックという男が危険だということだ。
ハリーは、その男が自分を狙ってホグワーツまで来たのだということを知っていた。
その話を聞いたときは半信半疑だったが、まさにこうして校内に現れたとなると、途端に現実味を帯びてくる。新聞で見ただけの、骸骨のような男の顔を思い出す。あの男が、いま、ホグワーツの校内を歩いているかもしれないと思うと、素直に恐ろしかった。
考えれば考えるほど眠れるわけがない。ロンとハーマイオニーと話をしていたかったが、巡回しているパーシーに咎められるので、冬の大三角形が頭上できらめいているのをただじっと見つめる。
朝の3時頃、ダンブルドアが大広間に入ってきた。
慌てて息をひそめ、薄目を開けて、ダンブルドアとパーシー、それから合流したスネイプの会話を盗み聞く。どうやら、シリウス・ブラックは見つからなかったようだ。
「校長、先日の会話を覚えておいででしょうな…?」
ひそひそと最低限の唇の動きでスネイプがささやく。
ダンブルドアは背を向けていて、表情を読み取ることができない。
「ああ、いかにも」
「どうも、内部の手引きなしには、ブラックが本校に入るのは…」
「この城の者が手引きをしたとは、わしは考えておらん」
強い口調だった。スネイプが顔を顰めるが、それ以上ダンブルドアに話を続ける意思はないようだった。
「それより、彼女の様子はどうじゃ」
「まだ、目が覚めぬようです。解呪もいくつか試しましたが…」
「直前呪文はどうじゃった」
「ルーモスと守護霊でした。理由がわかりませんな」
「…吸魂鬼か」
「魂を吸われたわけでもないのに、数時間も意識が戻らないことがあると?」
今度はスネイプが強い口調だった。まさか分かっていないはずがないだろう、と責めるような言い回しだ。
誰のことだろう。誰かに何かあったのだろうか。
片耳を浮かして、もう少しよく聞き取ろうと神経を研ぎ澄ませる。自分の心臓の音がうるさかった。
「奴と接触したと吾輩は考えますがね」
「セブルス」
「あの者の素性はご存じでしょう?あの二人が――」
「セブルス、ここでする話ではない」
ダンブルドアはそれだけ言うと、すぐに大広間を出て行った。
険しい顔をしたスネイプがその背中を睨んでいたが、すぐに彼も部屋を後にする。
ハリーの心臓は、どくどくと波打っていた。
目が覚めない?誰が?先生だろうか?
「(…もしかして、)」
ハリーの脳裏に浮かんでいたのは、医務室で穏やかに笑う彼女だった。
どうしてそう思ったのかは分からない。
そうでなければいいと願う、最悪の結果だと思った。
だって、スネイプの言う“奴”というのは、状況からすると、もしかして――
周りに誰の気配もなくなって、ハリーは細く息を吐きだした。
今すぐに寝袋を飛び出したい衝動を抑えて、隣にいるロンとハーマイオニーを見ると、二人とも同じように目を開けていた。
「なんのことだろう」
ロンがつぶやいた。
ハリーもハーマイオニーも、その呟きに返答することはなかった。
それから朝が来て、天井の星空が消えて、パーシーがグリフィンドール生を寮に戻すまで、ハリーは一睡もすることができなかった。
寮に戻ってからも外出は禁じられ、やっと外に出ることができたのは、朝食の時間だった。昨晩のことが嘘のように、いつも通りに机や椅子が並べられた大広間では、興奮する生徒たちがところどころで昨夜のことを語っていた。
教員のテーブルに、ナマエの姿はなかった。
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