リーマスのことが心配だったため、ハロウィンの豪勢な食事のあとで、生徒たちの目がないところでスネイプを呼び止める。薬のことを聞けば、予想以上にあっさりと脱狼薬であることを告げられる。リーマスが人狼であることは、教師間では周知の事実のようだ。

「この時代には、そんなものが開発されてたのね!」
「しかしルーピンが自分で煎じることが出来ないせいで、我輩の手が煩っているがな」
「じゃあ私ならどう?教えてくれれば代わりに作るわよ」

嫌味に対抗したつもりだが、スネイプは鼻で笑うだけだった。しかし、薬ができたというのは朗報だ。聞けば、狼に変身することは避けられないが、自我は保っていられるらしい。しかし副作用は強く、かなりの体力を消耗するということ。

「でも、そんな薬ができたってことは、少しは普通の暮らしが出来るようになったのね」
「我輩は、人狼が教師などもとから反対だがな」
「そういうの聞き捨てならないわね」
「もちろん、身元不明の怪しい奴も、な」
「それを言うならあなただって……ねえ、何か騒がしくない?」

食事を終えて就寝の時間というのに、何やら生徒たちが騒がしい。人混みを掻き分けていくと、どうやらグリフィンドールの談話室のほうからだ。どきり、と不安がよぎる。「何があった?」リーマスが現れ、杖を取り出してすぐに横に並んだ。騒ぎの先頭まで行くと、そこにはすでにダンブルドアの姿が。そして全員の注目があつまるそこには、ナイフのようなもので無残にも切りつけられた、主のいない肖像画があった。グリフィンドールの談話室を守る、太った婦人がいるはずの肖像画だ。ふよふよとダンブルドアの周りを漂っていたピーブスが、ねっとりとした声で、犯人を知っているという。
勿体振ろうとしたピーブスの笑みを、ダンブルドアの鋭い眼光が押さえつけた。

「誰を見たんじゃ?」
「まったく癇癪持ちでしたよ…あの…シリウス・ブラックは!」

がつん、と頭を殴られたような衝撃で、ナマエは呼吸を忘れた。聞き間違えようもない、まぎれもない、彼の名前。

彼が、シリウスが、

ホグワーツにいる?

「…………なんで」

弱々しく吐いた言葉は、幸いにも誰にも拾われていなかった。スネイプがすぐに嫌悪に満ちた目をして、杖を取り出し大股で歩き出す。ナマエはそれを追おうとして、リーマスの表情が目に入り、足を止める。とても動揺している様子で、ぎゅっと自身のローブを握りしめていた。かける言葉が見つからない。代わりにダンブルドアが声をあげた。

「ルーピン先生、ナマエ先生。すぐにセブルスと共に校内を捜索するのじゃ」

ダンブルドアはじっとナマエを見ていた。最初の夜の約束を思い出せ、とその目は訴えていた。何があっても生徒たちを守る。分かっている。分かってはいるが、自分がシリウスを殺人犯として追わなければならない状況を飲み込みきれない。
だって、シリウスは、自分がこの世で一番愛している人なのに。

「ナマエ先生」

ダンブルドアの意思は強かった。
ナマエはなんとか頷いて、騒然としている生徒たちを掻き分けた。
おかしい。こんなのは、絶対におかしい。
混乱に身を任せてしまいそうになるところをぐっと堪え、あてもなく歩くにつれて少しずつ冷静になった頭で、状況を整理しようと試みる。おかしいことは、自分が証明してみせればいい。
どうやって校内に入ったのか、その方法ならいくつか心当たりがあるが、それよりもその理由が知りたい。なぜグリフィンドールの談話室に入りたかったのか。そもそも本当にシリウスなのだろうか。変わり身の魔法などいくらでもある。

「ナマエ先生、一人は危険だ!」

リーマスが走ってきて、ナマエの手首を掴む。同じように冷静さは取り戻しているようだが、額に汗を浮かべ、何かに葛藤しているようでもあった。そういえば、シリウス捜索にあたり重要である、彼が動物もどきだという情報が降りてこない。リーマスは、校長にそれを伝えていないのだろうか。

「ルーピン先生は…どうして彼がグリフィンドールの談話室に押し入ろうとしたと思います?」
「それは………やはり、ハリーを…」
「………本当に、そう思います?」

リーマスが目を丸くした。しかしすぐにその目は細められ、驚くほど静かな声で、どういうことかと問う。

「今日はハロウィンでしょう?ホグワーツに通っていた彼が、ハロウィンには全校生徒が大広間で宴会をすることを、知らないはずがない」
「……」
「むしろ、誰もいない談話室を狙ったんじゃないかな……ハリー、ではなくて」

ハリーを殺したいなら、もっと他に適したタイミングがあるはずだ。だが、むしろシリウスは絶対に誰もいない時を狙って侵入を試みたように思えてならない。それ以外に、わざわざ今日を選んだ理由がみつからない。
しかし、リーマスの答えは冷ややかだった。

「…十数年間もアズカバンにいた人間が、正気だと思うかい?」
「………それは、」
「奴が普通の人の心を持っているなんて、思っても無駄だよ」

ナマエは言葉を失った。
シリウスたちのことを人生の宝物だと言った、リーマスの言葉だとは信じられなかった。見上げた横顔は、ナマエが思っているよりもずっと暗い淀んだ闇を見ているようで、そこには確かに、決して自分たちの間には生まれるはずのなかった"憎しみ"が存在していた。

「………どうして」

改めて、気付かされる。
自分が失った数十年の重たさを。
手の届かなかった時間の儚さを。

「え?」
「……いいえ、なんでも。ルーピン先生、心配してくださったのは嬉しいですけど、手分けして探しましょう。急がないと」
「ああ…そうだね」

リーマスはあっさりと手を離した。これ以上話をしたくはなかった。憎しみを湛えた表情を見たくなかった。彼を問い詰めてしまいそうだったから。きっと、リーマスは悪くない。彼をそうしてしまった原因を、自分が知らないだけなのだ。

「(とにかく、シリウスを見つけないと…)」

誰かに見つかって吸魂鬼に引き渡される前に、自分が見つけなければならない。
そして、覚悟を決めて、話をしなければ。
たとえ彼にどんな言葉を浴びせられ、どんな拒絶を受けたとしても、もうこれ以上、大切な人を悪く言われるのは耐えられなかった。

シリウスを、愛している。

たとえ、リーマスの言う通り、かつてのシリウスではないとしても、それでもナマエは、シリウスのことを愛していたいし、信じていたかった。


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