ハリーが親戚のサインをもらえず、ホグズミードに行けないらしい。
リリーの姉妹には会ったことはないが、あまり仲が良くなく、彼女と彼女の夫、リリーとジェームズで食事をしたこともあったが上手くいかなかったときいている。ハリーへの待遇が良くないことはなんとなく想像が出来た。

「ポッターは、それでいいのですよ」

授業の準備をしながら、ハリーにホグズミード行きを嘆願された話を切り出したマクゴナガルは、浅くため息をついた。

「……シリウスに狙われているから、ですか?」
「…………ええ」

やっぱりマクゴナガルも信じてくれていないのか、とナマエは自分のことのように憤慨してしまいそうになるのを、ぐっと押しとどめる。彼女もつらそうな表情をしていたからだ。もしかしたら、自分の知らないことがあるのかもしれない。

「私がハリーの保護者としてサインをしてはだめでしょうか…?」

皆が行く中、ハリーだけ留守番なんてかわいそうだ。ナマエ自身、ホグズミードにはたくさんの青春の思い出がある。しかし残念ながら、マクゴナガルはしっかりと首を横に振った。
次に浮かんだのは、秘密の抜け道のことだった。ジェームズたちに教えてもらった抜け道は、いまも塞がれずに残っているだろうか。

「(そういえば、あの地図はどうなったんだろう…)」

最終学年の時、没収されたあの忍びの地図。もう抜け道がすべて頭に入っているとはいえ、落ち込んでいたジェームズを、シリウスが慰めていた。後世に残すべき最高傑作だから、きっと後輩たちが上手く使ってくれるさ、と。
いまもこのホグワーツのどこかにあるのだろうか。


ハロウィンの日、3年生がどこか浮き足立っている中、ハリーが浮かない顔をしているのが見えた。考えてしまうのは抜け道のこと。しかし教師としてそれを伝えるわけにはいけないので、ナマエは彼を元気付ける方法を思案するしかなかったが、正直、ホグズミードより喜ばせる方法が思いつかなかった。

「ナマエ先生は、今日はどうするんだい?」

ハロウィンは授業はなく、ほとんどの生徒がホグズミードに行くため、医務室は比較的暇である。特に予定がないことを伝えると、リーマスは少し嬉しそうな顔をした。

「次の授業で使う水魔が届くんだけれど…運ぶのを手伝ってくれないかな?ついでにお茶でも」
「いいですよ」

ありがとう、とリーマスは笑う。手伝うほどでもないだろうから、お茶に誘ってくれただけだということがすぐに分かる。直球に言わないところが、彼らしいなと思いつつ、リーマスとの時間を少しずつ窮屈だとは感じなくなってきていたナマエに断る理由はなかった。結局は、リーマスのことが好きなのだ。自分のことを覚えていなくても、リーマスはリーマスなのだから、嫌いになれるはずもない。

「ルーピン先生の授業、とっても人気ですよ。いつも生徒たちが話してくれる」
「そうかな…?」
「水魔もいいチョイスですね。三年生ですか?こないだ河童をやったそうだし…」
「さすが、正解だよ…あれ?」

部屋の隅に水槽を置き、一息つこうと腰掛ける。しばらくこの水魔と暮らすなんてちょっと嫌だなあと考えていると、リーマスが何かに気がついてドアを開けた。「ハリー?何をしている?」伺うような声。廊下に響いていた足音がとまる。

「ロンとハーマイオニーはどうした?」
「ホグズミードです」
「ああ…」

リーマスは1度こちらを振り向く。ナマエは言わんとしていることが分かり、頷く。リーマスに誘われて、扉からハリーが顔を覗かせた。

「ナマエ先生!」
「ハリー、ホグズミード行けなくて残念ね…代わりにルーピン先生に紅茶をご馳走になろう?私、クッキーも持ってきてるの」
「あ、それ、わたしが好きなクッキーだ」
「ふふ、よかった」

リーマスが驚いた顔をしたので、思わずナマエは笑う。彼がこのクッキーをこよなく愛しているのはよく知っていたからだ。

「ティーバックしかないんだけど…お茶の葉はうんざりだろう?」
「…なんでそれを?」
「マクゴナガル先生が教えてくださったんだ」
「お茶の葉?占いで何か出たの?」
「ハリーは死神犬に取り憑かれてるそうだよ」

ルーピンが茶目っ気を含めて言った。
そういえば、ラベンダーたちがこそこそとハリーを憐れんだ目で見ていたのはそういうことかと合点がいく。

「ハリー、まさか気にしてはいないだろうね?」
「いいえ」

ハリーはきっぱりと言い切ったが、ナマエには何かを押しとどめているように見えた。普通の子供であれば、死ぬと予言されて平気な顔をしていられるわけがない。しかしあまり言及して欲しくなさそうなので、ナマエはそれを言葉にはしなかったが、リーマスは上手だった。

「心配事があるのかい?」
「……はい。まね妖怪の授業のとき…覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、もちろん」
「あの時、なぜ僕に戦わせてくださらなかったのですか?」

ナマエとリーマスは顔を見合わせた。
ハリーはきっと分かっているだろう、と結論付けた話だった。ヴォルデモートを危惧したという旨を伝えると、今度はハリーが驚いた様子だった。

「でも、僕…僕は吸魂鬼のことを思い出したんです」

思いもかけないハリーの回答に、また顔を見合わせる。自分の弱いところにうんざりしているように落ち込んでいる彼に、ナマエは笑いかけた。

「ハリー、あなたやっぱりすごいよ」
「…?」
「それは、君がもっとも恐れているのが、恐怖そのものということだ。ハリー、とても賢明なことだよ」

ハリーはなんともいえない顔をして紅茶を飲んだ。
どうやら、ハリーは自分が弱いと思われていると考えていたようだ。そんなことないと伝えれば、少し気分が晴れたようだった。その時、ノックの音が響く。顔を出したのは、予想外の人物、スネイプだった。ハリーとナマエの顔を見つけると、嫌そうに目を細めた。リーマスは一瞬ナマエの顔を不安そうに伺ったかと思うと、すぐに笑顔を浮かべた。

「ありがとう、そこに置いておいてくれないか」
「ルーピン、すぐに飲みたまえ」

スネイプは何故かナマエの顔をじっと見ながら、煙を上げているゴブレットを置いた。スネイプに声をかけようかと少し腰を浮かせたが、視界を遮るようにリーマスがナマエとゴブレットの間に入ったことで、また席に戻る。ハリーが怪訝そうにゴブレットを見ていた。

「一鍋分を煎じた。もっと必要とあらば…」
「たぶん明日もう少し飲まないと…セブルス、ありがとう」
「礼には及ばん」

リーマスは、どうやらゴブレットの中をナマエに見せたくないらしい。ナマエはその薬を知らなかった。漂う匂いからして、トリカブト系の薬だろうか。しかし、リーマスが隠したいことならば思い当たることがある。言及しないほうがいいことも分かる。
それよりも、スネイプから、礼には及ばん、などという言葉が出てきたことに驚きだった。素直に薬を用意していることにも、だ。スネイプはニコリともせず、ただじっとナマエたちを見据えながら部屋を出て行った。

「このごろどうも調子がおかしくてね。スネイプ先生が薬を調合してくれたんだ。これはすごく難しい薬でね…」

リーマスが薬を喉に流し込んで身震いをした。ハリーがじっとリーマスを見ている。何かに怒っているようでもあった。

「スネイプ先生は、闇の魔術に対する防衛術にとっても関心があるんです」
「そう?」
「人によっては…闇の魔術に対する防衛術の座を手に入れるためならなんでもするだろうって、言う人もいます」

ナマエはハリーが言わんとしていることがわかった。そんな危ない薬は飲んでくれるな、ということだろう。確かにスネイプは闇の魔術に傾倒した人物だが、このホグワーツで毒を盛るようなことは絶対にしない。リーマスに親切にする姿には、少し違和感を覚えることは確かだが。
リーマスはぐいっと薬を飲み干すと、ひどい味だ、と顔をしかめた。

「さあ、ハリー、私は仕事を続けるとしよう。また夜に会おう」

ナマエも医務室に戻らねばならなかったため、共に部屋を出て、腑に落ちないという顔をしているハリーの背中をぽんぽんと叩く。

「怖い顔してるよ、ハリー」
「………」
「セブルスって、あなたに当たりが強いんでしょう?想像がつくわ…ハリーがお父さんに似てるから…でも、さすがに毒は盛らないわよ」
「……すみません」

ハリーは恥じ入った様子で少し俯いた。そう思うのもわからなくもないけど、と笑うと、ハリーは「でもいったい何の薬でしょう」と呟いた。

「先生、確かに少し体調が悪そうに見えました…」
「……そうね」

満月の一週間前は、いつだってリーマスはどこかトゲトゲとしていた。気が立って、不安そうで、今にも消えてなくなりたいといった様子だった。先の薬が人狼に対する新しい薬だといいのだが、今もまた、学生時代のように暴れ柳の向こう側で孤独に耐えているのだろうか。あの頃のような仲間のいない叫びの屋敷で、リーマスは一人ぼっちで自分を傷付けているのだろうか。
その様子を想像して、ナマエはぐっと唇を噛んだ。


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