それからもリーマスはよくナマエに声をかけるようになり、食事時は隣に座り話をするようになった。もともとお互い気が合うということもあり、ぎこちなさは残しながらも、ナマエは少しずつこの関係性に慣れていった。時折どうしようもなく悲しくなるときはあるが、そんな時はとにかく笑うようにしていた。リーマスに不要な心配だけはかけたくない。


「ナマエせんせー!お願いします!」

保健室にそぐわない明るい声が響き、ナマエは咄嗟に周りを見渡した。マダムポンフリーがいないことに安堵して、目隠しにしているカーテンを開ける。全身泥だらけのフレッドとジョージがにこにこと立っていた。ナマエはため息をつき、「保健室を汚さないでね」一振りの杖で彼らを頭のてっぺんから爪先まで綺麗にした。

「10月に入ってから、これで3度目よ?」
「僕たち、それだけ一生懸命練習してるってことだよ」
「怪我をしないように練習してちょうだい」

ジョージの右腕に打撲の跡があった。大きさ的にブラッジャーが当たったのだろう。グリフィンドールのビーターをやっている二人は、クィディッチの練習時期に入ってから、怪我が絶えなかった。ナマエは棚から出した黄色の液体を患部に塗りつける。少し煙が上がって、ジョージは薬の熱さに顔をしかめた。

「先生、すみません」

今度は誰だと戸口を見れば、やはり同じように泥だらけのハリーが立っていた。フレッドが、やっぱり、と怒った声をあげた。

「さっき俺のバット、当たったんじゃないか!」
「いや、掠っただけだよ」
「痛くなかったら保健室に来ないだろ?」

フレッドは怪我を隠されたことに憤慨していた。ナマエはそんな彼の背中を優しく叩くと、ハリーの頭のてっぺんに杖先を二回当て、同じように彼の泥を拭った。

「ベッドに座って。フレッドに心配かけたくなかったのは分かるけど、嘘はだめよ。左の二の腕ね」
「…どうしてわかるんですか?」
「分かるわよ、先生だからね」

ふふ、と自慢げに笑ってみせ、ジョージにやったように薬を広げる。

「練習は順調なの?こんな天気なのに大変だね」
「バッチリだよ!先生は、どの寮を応援するの?」
「そうね…私は寮の担当をしているわけじゃないし、平等に…」

フレッドとジョージが同じタイミングで、同じように不満そうな顔をして、思わず笑ってしまう。

「…でも、こっそり心の中でグリフィンドールを応援することにするね」
「やった!」
「俺たち今年こそ優勝するんだ!なんたって、俺たちには最強のシーカーがいるんだもんな!」

ハリーが嬉しそうで恥ずかしそうな曖昧な顔で微笑んだ。ハリーが優秀なシーカーだということは、すでにマクゴナガルから聞いていた。そのことを伝えれば、さらにハリーは頬を染めた。

「ハリーはとにかく飛ぶのが速いし、瞬発力がずば抜けてるよな」
「ああ、最初の試合でスニッチを口でキャッチしたときはおったまげたぜ」
「え、口で!?すっごい…」
「ハリーが入ってから、負けたことがないんだ!」

フレッドとジョージは興奮した様子で、他のチームメイトの特徴も語る。はやく試合が見てみたいな、と純粋に応援したい気持ちが湧き上がる。一通り話し終えると、キャプテンのオリバーとまだ話があるから、と双子は先に保健室を後にした。

薬の効果ですっかり痛みが治まった様子のハリーは、ナマエを見て照れくさそうに笑った。その様子が可愛らしくて、思わず顔が綻ぶ。なんだか自分の子供が褒められているような気持ちになって、どうしようもなく嬉しい。

「すごいのね、ハリー」
「いえ…みんなが良く言ってくれるだけで…」
「ううん、立派な才能よ。ジェームズもかなり上手かったけど、やっぱり…」

ナマエは慌てて口を噤んだ。ここのところ生活に慣れすぎて、気が緩んでいたうえに、嬉しすぎて冷静さが追いつかなかった。ハリーが目をしばしばとさせる。ああ、やってしまった。

「やっぱり先生は…父のことをご存知なんですね」

それは、疑問ではなく確信だった。ナマエは少し黙ったあと、ゆっくりと頷いた。

「昔、お世話になったの」
「そうなんですか」
「知り合い程度だけれどね」
「でも、僕、その……」

ハリーが言い淀んだ。少し目を泳がせたあと、手元を見ながら再び口を開く。

「僕、すごく嬉しかったんです。初めてお会いした時、先生が言ってくださったこと…生き残ってくれてありがとう、って」
「……」
「生き残った男の子、とか言われて…額の傷をじろじろ見られるのが嫌でした…僕が生きてることがみんな嬉しいわけじゃないことは分かっていたので…」

そこではじめて、ナマエは彼のこれまでの人生を想った。彼の安全のためにマグルの家で何も知らず育てられたことはダンブルドアから聞いていたが、突然周りの人が皆自分を知っている世界に放り出された時はどう思ったのだろう。自分だけが何も知らない世界。もしかしたら、自分と同じような孤独だったのかもしれない。

「あんなふうに心の底から言ってくれたのは、先生がはじめてだったんです…だから、僕にとって、僕の両親にとって、すごく大切な人なんじゃないかとずっと思っていて…」

ハリーはまっすぐにナマエを見た。その瞳は、親友のリリーにそっくりで、嘘など簡単に見抜かれそうだった。そうだ、あの子はいつも相手の目を真っ直ぐに見て、隠し事なんてさせない強い意志と厚い信頼がある子だった。
でも、

「残念だけど、ハリー、あなたが思っているような関係じゃないわ」
「…………」
「でも、私があなたのご両親にお世話になって、あなたのことも大切に思ってることは、間違ってない。それは本当よ」
「ナマエ先生…」
「ハリー、私がホグワーツに来てあなたを見ていて、わかったことがあるわ。あなたはたくさんの人に愛されてる。生き残った男の子としてじゃなく、ハリー・ポッターとして、大切に思ってくれる人がたくさんいる。それを忘れないでね」

にっこりと笑ってみせると、ハリーの耳が少し赤くなった。両親と育っていない彼は、面と向かって愛情を向けられるのに慣れていないのかもしれない。そのくしゃくしゃの頭を撫でて、気合をいれるように軽くその背中を叩いた。

「さあ、もう大丈夫でしょう?」
「はい、先生、あの…」
「クィディッチ、応援してるね。頑張って。でも怪我は隠しちゃダメよ」
「はい……あの……ありがとうございました」
「うん」

私こそ、ありがとう。
その言葉は、彼のためにもぐっと飲み込み、医務室から見送った。

自分の存在が、ハリーのつらいことをほんの少しでも和らげる手助けになれたのなら、自分がここにいる意味としては十分だ。

「………ありがとう、ハリー」



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