「怪我人だぁ!たすけてくれ!」

医務室を揺らすような大声に、ぎょっとして入り口まで赴くと、顔面蒼白で冷静を欠いている様子のハグリッドが立っていた。一瞬気迫に負けてしまいぽかんとするが、もじゃもじゃの髭で隠れていた彼の腕の中で、生徒が呻き声をあげてはっと我に返る。

「何があったの?」
「いっちばん最初の授業で、俺は…」
「落ち着いてハグリッド。いいから、彼をベッドに寝かせてちょうだい…ああ、腕を切ったのね」
「バックビークが…俺はなんてこと…」
「バックビーク?これは何で怪我をしたの?」

ヒッポグリフ。
ハグリッドは声を震わせながら辛うじて答える。ナマエは棚からオレンジ色の液体を取り出しながら、杖を振り、生徒ーードラコ・マルフォイの傷口の衣服を取り去った。

「ヒッポグリフなら毒はないわね」
「僕…しんじゃうよ…」
「死なないわ。しっかりしなさい」

マダム・ポンフリーが慌てて駆けつけてきて、ベッドの上の光景にぎょっとした。続いて、ナマエの手にある液体を見て頷いた。

「医学の知識があるというのは確かなようですね」
「ありがとうございます」
「この様子だと、治療の痛みで暴れるかもしれませんね」

ナマエは瓶をマダム・ポンフリーに渡すと、自身の杖先をドラコの額に優しく当てた。

「大丈夫。安心してていいよ、おやすみ」

ふわり、笑ってみせれば、ドラコの瞼が落ちていく。その様子にほっと息を吐いたマダム・ポンフリーを手伝いながら、ナマエはこの傷の経緯を考えた。
ハグリッドはずっと、真っ白な顔をして、眠るドラコをじっと見つめていた。


ナマエにとって、ハグリッドは騎士団の仲間でもあり大切な友人でもあった。学生時代、度重なるジェームズたちの悪戯を匿ってくれたこともあった。喧嘩をした時には、暖かいスープで慰めてくれた。リリーとジェームズの結婚式では、誰よりも大声で嬉しそうに泣いていた。たくさんの恩があるのに、それを返す前に、彼はナマエのことを忘れてしまった。

ドラコの怪我が安定した頃、よかった、本当によかった、と呟きながら、ふらふらとハグリッドは姿を消してしまった。それを追いかけたいと思いつつも、まだ傷が疼くと言っているドラコを放っておくわけにもいかない。経緯は知らないが、彼もきっとショックを受けているのだろう。友人のパンジーが、ベッドの横で泣いているのも見ていて可哀想であった。

「失礼、」

ドアがノックされて、入ってきた姿にナマエはひやりとした。リーマスが、心配した面持ちでそこに立っていた。先ほど、事故の話を聞いたものだから、とリーマスはドラコのベッドを見て、小声できいた。

「彼は大丈夫?」
「……ええ、しばらくしたら綺麗に癒えるはずです」
「そう、よかった」

本当に安堵したような表情に、ナマエの胸がちくりと痛む。そうだ、リーマスは昔から、いがみ合っていた相手でさえも心配するような優しい人だった。

「それで…」

リーマスがさらに声を潜める。ベッドに寝る彼への気遣いか。聞きたいことの検討がついて、ナマエもベッドから離れて声を落とした。

「ハグリッドのことですか?」
「ああ、彼はわたしの友人でね…授業を張り切っていたから…その…」
「すごく取り乱していて…私も追いかけたかったんですけど…ルーピン先生、様子を見て来てもらえませんか?」

ナマエがハグリッドを気にかけていることに驚いた様子のリーマスだったが、すぐに頷いた。自分が行けない、行っても意味がないのだから、彼にお願いするのがベストだと思ったのだ。リーマスと会話をするのはまだ体が震えたが、それでもハグリッドが一人で泣いているかもしれないと思うと、それどころではなかった。きっと小屋にいるはず、と窓から外を見て、リーマスが「あ」と声を漏らした。

「ハリーたちだ」

暗闇の中、灯りを持ったハグリッドを戦闘に、ハリーとロン、ハーマイオニーが校舎に向かって歩いてきていた。灯りに照らされるハグリッドの顔は、いささか怒っているようにも見える。

「こんな暗い中を出歩くなんて…」
「…?まだ消灯時間じゃないのに」
「ハリーは、建物の中にいなくちゃいけないよ。あいつが……」

リーマスの声は冷ややかだった。
それからはっとして、夜は危ないからね、と誤魔化すように笑ってみせる。
ナマエには、先の言葉の意味がわかってしまった。そして、気が付かないようにしてきた自分の心を殴って破られたような気がした。

リーマスは、シリウスのことを、信じていないの?

絶対に聞いてはいけない、それでもどうしても確かめたい想いが、鉛のように重くのしかかって、目の前が真っ暗になるような気がした。
その質問の答えは、先ほどのリーマスの苦々しい表情が、すべて教えてくれたのだから。


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