大広間に入ると、ナマエは思わず感嘆のため息をついた。天井から下がるたくさんの明かりに、煌びやかな装飾。何より新学期に向けた期待できらきらと輝く子供達のたくさんの笑顔。生徒たちより高い位置にある職員席から見る景色など、ナマエは想像もしたことがなかった。これがホグワーツなのだ。今も昔も変わらない、子供達の夢の詰まった場所。
カツカツと踵を鳴らしながら自分に与えられた席に向かうと、少し離れた席に座っていたリーマスの瞳が見開かれる。改めて冷静になって見ると、彼はだいぶやつれて見えた。彼は、リーマスは、シリウスのことをどう思っているのだろう。話を聞きたいような、とても恐ろしいような。どうしたらいいのかわからず、ナマエは彼から視線を外した。丁度、組分け帽子が得意の歌を歌い終わったところであった。
「では、皆さん順番に帽子をかぶって!」
スプラウト先生の仕切りで組分けが進む中、生徒たちを見渡すと、どうやらナマエを見てこそこそと話をしている生徒が多い。無理もないか、と微笑み返していると、先ほどの双子がこちらに気が付き、目を丸くして指をさしてきたので、こっそりと手を振っておいた。ちらほらと同じような赤毛が見えるから、きっとウィーズリー家だろう。しかし、どうもハリーの姿が見えない。もしかして吸魂鬼の件でと不安になるが、すぐに女の子と広間に入ってくるのが見えた。タイミングを同じくしてマクゴナガルが隣の席に着く。
「………あなたの事は、わたくしも聞いています」
マクゴナガルが、そっと囁いた。頭のてっぺんからゆっくりとナマエを見て、それからなんとも難しそうな顔をした。
「グリフィンドールだったのでしょう?」
「はい、先生にはとてもお世話になりました」
「そう…ごめんなさいね」
思い出せなくて、という言葉こそ出てこなかったが、ナマエは微笑んで首を横に振った。
「あなたのことを知っているのは、校長と、わたくしと、セブルスだけですから。何か困ったことがあったら遠慮なく言うのですよ」
「ありがとうございます」
昔の恩師が、また頼っていいと言ってくれるのは嬉しかった。スネイプはどうも協力的ではないので、すぐ近くに事情を知っている人がいるのはありがたい。
組分けが終わり、ダンブルドアが挨拶をする。吸魂鬼の事情を説明したとき、彼はシリウス・ブラックの名前は出さなかったが、どうやらほぼ全ての生徒が合点がいっている様子だった。それだけシリウスが世に知られた犯罪者なのだと思うと、胸がどうしようもなく痛かった。そんなことないと、今すぐ立ち上がって叫んでしまいたいような、これは、怒りだろうか。
「さて、明るい話をしようかの。今年も嬉しいことに、三人の先生を迎えることとなった!」
ざわ、と生徒が声をあげて、たくさんの目が自分に集まるのに、ナマエはたまらない緊張で背筋を伸ばした。闇の魔術に対する防衛術の先生にリーマス、魔法生物飼育学の先生に、まさかのハグリッドの名前があがった。
「そして最後に、ナマエ・ミョウジ先生じゃ。校医のマダム・ポンフリーの補佐をしてもらう。ひとつ忠告しておくが、美人で若い先生だからといってワザと怪我などしないよう」
ダンブルドアがウインクをすると、生徒から笑いがあがった。恥ずかしくて、少しおざなりなお辞儀をしてから慌てて席に着く。スネイプが鼻で笑ったのがちらりと見えた。
ダンブルドアの掛け声で宴会が始まると、先程の吸魂鬼の話が出た時と打って変わって朗らかな空気が大広間を包んだ。先生になったハグリッドはこの上なく嬉しそうだった。途中退学になってからずっと森の番人としてホグワーツにいる彼にとって、先生になるということがどれだけ嬉しいことか知っていたから、声をかけたいところだが、生憎と自分は彼を祝う関係性は持ち合わせていない。代わりに、「これからよろしくお願いします、ハグリッド先生」と声をかけると、とても嬉しそうに笑ってびっくりするほど強い力で握手をされた。
「先生だったんだね。さっきは失礼した」
寝る時間だとダンブルドアが宣言し、食事が消えて皆がばらばらと立ち上がった時、かけられた柔らかい声に肩が自然と揺れた。振り向けば、曖昧に微笑んだリーマスがいた。
ナマエはそっと、細く息を吸った。
「こちらこそ…ちょっと吸魂鬼に動転してしまっていて…失礼を。ルーピン、先生」
彼のファミリーネームを呼んだ口が、すごく変な感じがした。それでもなんとか微笑みを浮かべることに成功する。
「ずっと昔にお会いしたことがあって、それでびっくりして」
「そう?ごめん、思い出せなくて」
「いいえ、気にしないでください。本当に少しお話しした程度でしたから」
「でも…リーマスって呼んでくれただろう?」
思わず動揺が顔に出てしまったかもしれない。リーマスは探るような目で、ナマエを覗き込む。なんでこんなに食い付くのだろう、覚えていないのだから放っておいて欲しい、だなんて投げやりな考えが浮かぶ。どうしても、彼に自分のことを知られたくはなかった。心優しい彼を、苦しめることが分かりきっていたから。
「ナマエ先生!」
後ずさりしどう切り抜けようか頭を悩ませていた時、飛び込んできた元気な声に振り向くと、ウィーズリーの双子、フレッドとジョージがこちらに駆けてきていた。助かった、とナマエは二人の方に足を向けた。
「二人とも、さっきはありがとう」
「おったまげたぜ!先生だったなんて…」
「医務室に行けば会える?また試作品の評価してください!」
「ええー…それはちょっと」
勘弁願いたい、と苦笑いするとフレッドとジョージは不服そうな顔をしながらもポケットから飴やらガムやらを取り出して口々に説明をし始めた。吐き気を呼び出すもの、肌の色が変わるもの、背が伸びるもの縮むもの。説明を聞き流していると、彼らの背後から怒りを含んだ声が響く。監督生バッヂを付けた赤毛の男の子が、肩を怒らせながらどしどしと歩いてきた。
「まったくお前らは…!失礼しました、先生!」
「う、うん、おやすみ」
また!と双子は叫びながら、監督生に引っ張られながらグリフィンドールの列に戻って行った。呆気にとられつつ手を振り見送ると、リーマスがぽつりと呟いた。
「……懐かしいな」
ああ、ほんとうに。
ジェームズたちを見ているみたいね、と言葉を返しそうになるのを、ぐっとナマエは唇を噛んで堪えた。話を戻される前におやすみなさい、と頭を下げて踵を返す。リーマスが何かを言おうとしたのが気配で分かったが、ナマエは振り向かなかった。
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