久しぶりのホグワーツ特急の、懐かしい木のにおいに、自然と頬が緩んだ。
今しがた乗り込んだ入り口付近にある傷は、4年生の時にジェームズとシリウスがふざけて付けた傷だ。ざっくりと柱に傷がついて、あとからマクゴナガル先生に怒られたのが面白かった。床についている染みも、二人が魔法の薬をこぼして出来た染み。リーマスが必死に落とそうとしてたけれど結局落ちず、またもやこってりと絞られた。
今でもたくさんの思い出を、鮮明に覚えている。
初めてホグワーツ特急に乗ったとき、前から5つ目のコンパートメントで、リリーとで出会った。「座ってもいい?」と問いかけると、向かいに座っていたスネイプはとても嫌そうな顔をしたけれど、リリーは喜んで席を空けてくれたのだ。他のコンパートメントで失礼な男の子たちが居て、腹が立ったから移動してきたこと、それぞれの寮の話、勉強の話、リリーはとても明るく色々な話をしてくれて、すぐに打ち解けた。今考えると、その失礼な男の子たちというのがジェームズとシリウスだったわけだから、なんだか不思議なめぐり合わせに笑ってしまう。

「……私はこんなに覚えてるのになあ」

その思い出に自分がいないだなんて、未だに信じられない。頭では理解しているのに、一々傷ついてしまう自分が情けない。

前から5つ目、懐かしのコンパートメントを覗くと、赤毛の男の子が二人額をつき合わせて何やらひそひそと話をしていた。背格好が似ているから兄弟だろうか、それにあの赤毛は、と少し思案している間に、二人がぱっと顔を上げる。目が合ってしまってから、ナマエはしまったと思った。そばかすだらけの顔は、違いの分からぬほど瓜二つだ。どうしようかとうろたえている間に、コンパートメントのドアが開かれた。

「やあ、見慣れないお客さんだね!」

向かって右側に座っていた男の子が、手を差し伸べる。それに戸惑いつつも笑顔で応えると、左側の男の子がさっとナマエの背中に手を添えてコンパートメントの中に誘導する。なされるがままに席についてから、自分は何をしているんだと困惑するナマエを他所に、人懐こい笑顔を浮かべる二人は彼女の肩を嬉しそうに叩いた。

「ちょうど二人で退屈してたんだ!一年生……じゃないよな?」
「えっと、あの、」
「俺達と同い年?どこの寮?まだ着替えないの?」
「え、と、ですね、」
「まあまあ、美味しいクッキーがあるからどうぞどうぞ!」

双方向から繰り出される会話の嵐に、思わずひきつった笑みになってしまう。
この赤毛の色合いに見覚えがある。さっきハリーに手を振っていた男性、ウィーズリーの子ども達だろう。確か、長男がビル、次男がチャーリー、三男がパーシーで、さらに双子が生まれたという話を聞いていたから、もしかしたらその双子かもしれない。
こんなに大きくなってしまって、という変な親心を感じつつ、上手く場を切り抜ける方法も思いつかないまま、手渡されたクッキーを口に運ぶ。
と、唇に触れるか否かのところで、さっと手を下ろした。双子がきょとんとした顔を浮かべる。

「クッキーなら、普通のクッキーをもらえる?」
「え……え、え?」
「これだと40点だね。チョコレートクッキーのはずなのに、少しだけ焼けたゴムみたいな嫌な臭いがする」
「……まじ?」
「まじ。たとえば…そうね…髪の色が変わる魔法とか?」

おったまげた、と二つの口が同時に放つ。
ナマエはにこりと微笑むと、クッキーを男の子の手に返して、席を立つ。それじゃあ、と告げて何処か人の居ないコンパートメントに移動するつもりだった。しかし、ドアに手をかけたところで、両肩をがしりと掴まれる。振り向くと、キラキラとした二揃いの目があった。

「なんでわかったの!?」
「いや、だから、臭いが…」
「自分達で食べた時でもわからなかったのに!しかも効果まで!」

すげえ!と嬉しそうに騒ぐ双子の男の子は、身長のわりに少し幼く見えた。
最初に手を差し伸べてきた方(服の色で区別がついた)の男の子が、にかっと笑って再び手を出した。

「俺、ジョージ・ウィーズリー!」
「俺は、フレッド・ウィーズリー!まあ、俺達有名人だから知ってるかもだけど。で、君は?」

ああ、やっぱりウィーズリーだ。
少しだけ感慨深くなりながらも、差し出された手を握り返す。
私は、と自己紹介を続けようとしたところで、突然室内の明かりが落ちた。それと同時に、列車がスピードを落とす。がくんと大きく揺れて、完全にとまってしまった列車に、他のコンパートメントからざわざわと生徒が様子を見に出てきた。ジョージも同じようにドアを開ける。何故だか少し冷たい空気が、すっと頬を撫でた。こんなことは今まで一度も起こったことがない。ナマエは癖のように、何も考えずに杖を構えた。

「なんだ……故障か?」
「二人とも、危ないから下がって…きゃ、」

どん、と肩に何かが当たる。誰かが強引にコンパートメントに入ってきたのだ。慌てて杖先に明かりを灯すと、床にうずくまっているブロンドの髪が見えた。

「マルフォイじゃないか。どうした?そんなに怯えきって」
「暗闇が怖いのか?お坊ちゃん」

フレッドとジョージが、嘲るような笑みを湛えて彼を見下ろす。平生の彼等はそうやって言い合うような仲なのだろう。しかし、うずくまる彼はまるで二人など見えていないかのように怯え震えているだけだった。

「いったい何が…」

呟いた、その時だった。
頭から黒い頭巾をすっぽりと被った、人型の何かが、ゆっくりとした足取りで列車に乗り込んできた。近くに居た生徒達が、悲鳴を上げながら腰を抜かす。まるでその存在自体が氷で出来ているかのように、周りの温度が急激に下がりだす。唯一布から飛び出ているしわがれて細く、まるでミイラのような枯れ果てた手が、何かを探すようにゆらゆらと生徒たちを指差して回る。ナマエはその規格外の存在に、思わず呆然としてしまう。その正体を知っていた。しかし、なぜ、ホグワーツ特急なんかに。
背後で、双子のどちらかが息を呑んだ。そこでやっと、ナマエはその黒い人型、吸魂鬼が、目の前に来ていることに気がついた。途端に、心臓のあたりがすっと冷え切ってゆく。

 俺も、お前といれて、すげえ幸せだよ

大好きな人の顔が、脳裏に浮かぶ。しかしすぐに、彼の顔を塗り替えるように、浮かび上がるあの一面真っ白な風景。雪に埋もれてゆく、愛しい友人の姿。飛び交う緑色の閃光。自分の喉に添えられる骨ばった手。必死に伸ばすのに届かない手。かすれた声で何度も名前を呼ぶ、愛しい彼。溢れる光。叫んだ。呪った。運命を、今その時を。

「……っ、エクスペクトパトローナム!」

頭の中の自分の悲鳴を掻き消すように、あらん限りの力で叫んだ。一面真っ白な地獄の風景は、途端に暖かい家の中に変わる。笑い合う彼等。腕の中の赤ん坊。その中に自分はいない。それでも、とても満たされた気分だった。

杖先から、銀色の大きな犬が飛び出す。その犬は、一度ナマエに寄り添うようにぐるりと周りを回ると、吸魂鬼に体当たりをするように弾けた。押し出されるように、吸魂鬼が車内から飛び出し、空に上ってゆく。
それをしっかりと見届けて、ナマエはがくりと膝を折った。辛い思い出があると呑み込まれやすいのは分かってはいたが、自分がこんなにも弱っていることに情けない気持ちになる。

「前のほうにも吸魂鬼が!」

逃げてきたのだろう生徒が、雪崩れ込むように床に転がる。ナマエは思わず舌打ちをして、立ち上がった。状況がまったく把握できないが、生徒の安全が第一優先だ。

「二人とも、本物のチョコレートは持ってる?」
「え?う、うん」
「じゃあ、体調の悪そうな子に食べさせて。もちろん、そこの男の子にも」

床で震えているブロンドの男の子を一瞥し、ナマエは杖を構えなおした。
止めようとフレッドが手を伸ばす。にこりと微笑んでからその手を払い、前の車両に移るためにドアに手をかけた。

「……っ!」

開ける前に開いたドア。咄嗟にナマエは杖を振り上げて、目の前に現れた人影の喉元に正確に杖先を当てる。その流れるような動作のまま、呪文を省略し、杖先に銀色の光を溜め込んだ。

「ストップストップ、落ち着いて!」

目の前の人影が声を上げて、ナマエは動きを止めた。吸魂鬼は言葉を喋らない。

「前の吸魂鬼は追い払ったよ。後ろにも居ると聞いて来たのだが…もしかして君が?」

ゆったりとした話し方だが、どこか緊迫した様子。ナマエは杖を下げると、自分よりいくらか背の高いその男の顔を見上げた。ぱっと電気が点く。そして、息を呑んだ。


「………リーマス…」



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