久しぶりに立った9と3/4番線のホームは、見た目こそ変わらなくとも、その空気は随分と変わっていた。
想像していた以上に、そこには子供達の活気や嬉しそうな声が溢れており、ナマエは思わず顔を綻ばせた。わくわく、どきどき。これからの一年に対する子供達の希望が、ひしひしと伝わってくる。
14年前は、時代が時代だったため、家族と別れることを拒む子供がいたり、悲しい休暇を過ごした子供もいたため、こんなにも楽しげな空気ではなかったのだ。

「ダンブルドアにお願いしてよかったな……」

スネイプと一緒に学校に行く、というのを断って、ナマエはホグワーツ特急に乗る許可を願った。
今の子供達の様子が見たいということもあったし、ただ単に自分が久々に乗りたいという理由もあった。ダンブルドアは少し悩んだ後、君がそうしたいのなら、と許可を出してくれたのだった。

そして懐かしい場所に立ってみて、ナマエが実感したのは、14年という年月がいかに長かったのか、ということだった。
辺りを見回すと、何人か見知った顔があった。授業でペアを組んだことがある、ハッフルパフのあの子。その向こうにいるのは、レイブンクローの監督生。さっきいた赤毛の大家族は、もしかしたら騎士団時代に世話になったウィーズリー一家かもしれない。
誰もがナマエに気付かない。目を向けられることもない。まだ一見学生にも見える自分と違って、彼等は子供を見送る親であるのだ。この14年の間に、結婚をして、子供を生んで、今自分達の子供を懐かしいホグワーツに送り出している。

唐突に、頭の中に、爽やかに笑う黒髪の男が思い浮かんだ。


 俺も、お前といれて、すげえ幸せだよ


その残像を、優しい声を、言葉を、ナマエは慌てて振り払う。
考えたくなかった。考えないことにしていた。

ジェームズとリリーのことを知って、他の皆がどうしているか、知るのが怖かった。
無事を確認できなかった時のことを考えるのも恐ろしいし、無事だったとして、自分のいなかった世界を生きている彼等のことを知るのも恐ろしかった。

特に、彼、シリウスに関しては。

自分の幸せなど捨てる覚悟で、彼の幸せを心の底から願ったはずなのに、手の届かないところで幸せそうに笑っている彼のことなど、想像もしたくなかった。
自分ではない誰かに愛を囁いて、抱きしめて、キスをして。照れくさそうに、結婚指輪を取り出して、あの時のジェームズのように、子供が出来たことを喜んで。父親になって、ナマエが好きで好きでたまらなかった笑顔を、この人と築きたいと願った家族を、誰か別の人と温めあっているのだと考えると、苦しくて頭がズキズキと痛んだ。

そんな自分の醜いところを、どうしようもなく突きつけられてしまうから、ナマエは逃げだと分かっていても、自分のことが落ち着いて心に余裕が出来るまで、と期限を付けて、そのことに目をつぶるはずだった。


そのつもり、だったのに。


「あの!」

誰もナマエのことを気にかけるはずがないと思っていたので、かけられた声に反応するのが遅れた。
慌てて振り向いて、一瞬どきりとする。
ハリーポッターが、自分に向かって人混みを掻き分けながら走ってきていた。
言葉を失っているナマエの前で呼吸を整えると、ハリーはぱっと顔をあげた。

「あの!えっ…と、その……どうしてここにいるんですか?」

きっと色々聞きたかっただろうに、一番はじめに出た質問はそれだった。くしゃくしゃの黒髪にエメラルドの綺麗な瞳。ああ、二人の子供なのだと、またもや涙が溢れてしまいそうなのを、ナマエはぐっと堪えた。

君を守るためだよ、と言ったら、彼はどんな顔をするんだろう。

「これから、ホグワーツで働くの。よろしくね、ハリー」
「先生なんですか?」
「うーん…うん、そんなかんじかな?」
「闇の魔術に対する防衛術?」

目を輝かせたハリーの様子に、前任者がどれだけ嫌な先生だったのだろうかと苦笑しながらも首を横に振る。
期待に沿えず申し訳ないが、たとえ校長から任命されたとしても、生憎そんな大役を引き受けられるような自信はない。そうですか、と少し残念そうな顔をしたハリーは、何かを決心するようにぐっと押し黙った後、口を開いた。

「その、こないだのことなんですけど…」
「ハリー!」

彼を呼ぶ声に二人で振り向くと、赤毛の背の高い男性が手招きをしていた。ナマエは彼のことを知っている。魔法省の、アーサー・ウィーズリーだ。随分歳をとったものだ、と物悲しくなりながらも、慌ててハリーの肩を押す。

「あの!…すぐに会えますよね?」
「もちろん。ホグワーツでね」
「はい」

微笑んだハリーに、またもどきりとする。笑い方が、リリーにそっくりだった。顔つきはジェームズなのに、纏う雰囲気は彼女に似ている。不思議だった。懐かしい気持ちが溢れてきて、また涙になりそうだった。なんていい子に育ったのだろう。それを近くにいて支えられなかった自分が許せないけれど、これから支えてゆけばいいのだと、気を抜くと落ち込んでしまいそうになるのを叱咤する。

「……あ、また名乗るの忘れた」

まあでもすぐに会えるし、と思い直して、ナマエは久方ぶりのホグワーツ特急に足を踏み入れた。


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