「……何故教えなかったのかと、怒鳴るかと思っていたのだが」

ぽかんとしていたハリーにとりあえず別れを告げて、ナマエが姿現しをしたのは、スピナーズ・エンドのスネイプの家。
中に居る時は感じなかったが、ほったらかし状態の彼の家も、その家の周りのどぶ川や荒れ果てた草むらも、生き物の気配がないほど暗く沈んでいた。
ダイアゴン横丁で感じた生気が嘘のよう。ここだけ時代に取り残されたみたいだ、とナマエは思った。

宣言通り鍵のかかっていなかったドアを開けると、埃っぽいテーブルで、スネイプはゆったりとお茶を飲み、分厚い本から視線を上げずに、そう言った。

「……怒鳴ろうかと、思ったけど、」
「けど?」
「ハリーに会ったの」

スネイプが顔を上げる。その目は憎しみとも戸惑いともなんとも言えない色を湛えていた。きゅっと寄せられた眉間の皺。ナマエは向かいに腰を下ろすと、勝手に杖を振り、自分の分のお茶を出した。

「父親に似て、傲慢だっただろう」
「リリーに似て、まっすぐな瞳をしていたわ」
「………」

スネイプに怒りをぶつけるつもりなど、毛頭なかった。
ナマエは、彼がリリーをどれだけ好きだったのか、それがなんとなく分かっていた。学生時代、彼女の隣にずっといたからわかる。スネイプは、入学してから卒業するまで、口を利かなくなってもずっと、リリーだけを見ていたのだ。
その感情をなんと名前をつけるべきなのかはナマエの知るところではないが、たとえ死喰い人だとしても、リリーの死に何か思うところがあったはず。

「あなたたち、幼馴染でしょう」
「………リリーがそう言っていたのか」
「うん。だから、」

ナマエは唐突に杖を振った。埃を被った暖炉の上に、不自然に伏せられた写真立てが、かたんと音をたてて起き上がった。
そこに写っていたのは、やんわりと微笑む、リリー・エバンズ、その人だった。

「……あなたも、辛かったでしょうね」

スネイプは何も言わない。
ただ起き上がったその写真をじっと見つめて、唇をかみ締めていた。
それはまるで、悲しみを耐えるというより、痛みを耐えているような顔だった。


「騎士団としてヴォルデモートと戦っていて、本当に数え切れないくらいの人の死を受け止めなきゃいけなかったけど……なんでだろう、リリー達だけは、死なないでいてくれるって信じてたんだよね」
「………」
「でも、そっか、そうだよね。特別なんて、ないんだよね」

自分が救った命も、あっけなく消えてしまった。
自分が正した運命も、あっけなく逸らされてしまった。

虚無感、といえば正しいのだろうか。
心の中が空っぽで、自分が何をしてきたのか、何のためにここに居るのかわからなかった。

でも、ハリーは確かに、ここにいる。


「ハリー……ハリー・ポッター。いい名前ね」
「……ハリー・ジェームズ・ポッターだ」
「そっか。ジェームズの名前をもらったのね」

いい名前。ナマエはもう一度繰り返した。
男の子だから、きっとシリウスが付けたに違いない。もし自分がその場に居たとしても、きっと同じ名前を付けていただろうと思った。

ハリー・ポッター。
生き残った男の子。生き残ってくれた、男の子。

「ハリーは今、ホグワーツ?」
「そうだ。ミョウジ、お前と同じグリフィンドールだ」
「そっか」

どんな友達がいて、何が得意で何が好きで、何が苦手で何が怖いんだろう。
どんな世界を見て、どんな夢をみているんだろう。

希望だ、と思った。
自分が彼等に残せた、希望。


「リリーとジェームズが守ったもの、私にも守れるかな…?」
「………どうだろうな」

素っ気なく答えたスネイプが、どんな表情をしていたのか、ナマエが顔を向ける前に彼は立ち上がっていて、それを窺い知ることは出来なかった。


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