ナマエはそのまま、泣き疲れたのと身体の疲れ、スネイプの薬の副作用も合間って、気がつかぬ間に眠っていた。
目が覚めた時には、頭の痛みも身体の痛みも消えていた。ただ吐きそうなストレスが胃をきりきりと締め付けていて、スネイプが持ってきてくれた朝食と薬は味のよくわからないままに流し込んだ。

「貴様がその影であることは、まあ、信じるとして、」
「……せめてスネイプくらいは、名前で呼んでよ」
「……ミョウジ、貴様はいったい何者なのだ?何をした?」

ミョウジ、と呼ばれた自分の名前がとても貴重な気がした。今この世界で、ナマエ・ミョウジという名前を知るのは、このセブルス・スネイプしかいない。そのことが未だに信じられなくて、また胸がずきりと痛んだ。
友人たちを訪ね歩くような度胸もなく、ナマエにはいま、目の前の彼しか頼る人がいないのだ。

「何故、お前は存在を消された?」

しかし、忘れてはいけない。スネイプがナマエのことを忘れていても、ナマエはスネイプのことを覚えている。

ナマエはその問には答えず、代わりに机の下から杖を取り出して、向かいに座るスネイプに振り上げた。油断をしていたのか、彼の反応は一瞬遅れ、その腕は真っ直ぐ天を向いた。はらり、捲れた袖の中にあったものに、ナマエは顔をしかめた。
黒く深く刻まれた、闇の印がそこにはあった。

「………」
「私のことを覚えていなくても、グリフィンドールだってことは…どういうことかわかるでしょ?」
「闇の魔術を嫌っている、とでも言いたいのか」
「私を助けてくれたことは感謝してる。でも、恩人であろうと、死喰い人になんでも話せるわけじゃないわ」
「賢明だな」

自分のことを覚えていないスネイプに、わざわざ自分がヴォルデモートに狙われていたことを話すつもりは毛頭なかった。しかし、怪しい者は尽く殺している死喰い人が、今こうやって自分を生かしていることは、意外なことであった。そもそもセブルス・スネイプがどういった男かナマエはあまり知らない。知っているのは、リリーの幼馴染であることと、ジェームズとシリウスの天敵であることと、死喰い人であるということだけだ。

凛としたナマエの姿勢に、スネイプは薄い笑みを浮かべると、空いている手で杖を振るった。ナマエの手から杖が弾き飛ぶ。
それを慌てて拾うようなことはせず、ナマエはただスネイプを睨んだ。

「……お前は、知らなければならないことが多すぎるな」
「……そりゃそうでしょうよ」
「いいか、闇の帝王は、消えた」

ナマエは目を見開いた。夜の闇横丁で目が覚めた時から、初めて喜びを感じた。
それと同時に、まさかそんなことがあるはずがないという疑いもあった。

「死んだ、の?」
「一説では生きているとも言われているが、今魔法界が、14年前より平和であることは確かだ」
「ほんと、に…?」

ナマエは、平和な世界というのがどういうものかほとんど忘れていた。
ホグワーツ時代は、もうずっと暗闇の中で、打ち上がる闇の印に怯えて暮らす毎日だった。
ヴォルデモートのいない世界というのが想像できなかった。ずっと望んでいた世界なのに。その世界のために、戦っていたのに。

「我輩はもう、死喰い人ではない。今はダンブルドアの下にいる」
「…………信じていいのか、わからないわ」
「だろうな」

ナマエは、杖を呼び戻すと、言葉とは裏腹にそれを腰に戻した。立ち上がり、スネイプをじっと見つめる。

「でも、今私が信じることが出来るのは、あなたしかいないのよね」

残念だけど、と付け加えると、スネイプはふんと鼻を鳴らしてお茶をずずっと飲み干した。

「ダイアゴン横丁にでも行ってくればいい。状況が分かるだろう」
「……そうする」
「鍵は開けておくから、好きなようにしろ」

思わず振り返る。その言葉の意味を咀嚼して、ナマエはぽかん、とした。

「それはつまり……帰ってきていいってこと?」
「好きにしろ、ということだ」
「おっどろいた…スネイプ、あなた、案外優しいのね」

心外だ、と言わんばかりの不機嫌な舌打ちが聞こえてきたけれど、ナマエはそれは聞こえなかったことにして、少しだけ笑みを浮かべた。

リリーが、必死にスネイプのことを弁護していた理由が、これから少しずつでも、なんとなく分かるのではないかと思った。




「……ええ、そうです」

地下室。暗闇の中、一本の蝋燭の灯りだけが辺りをほんの少し明るくしているその中心で、スネイプは声をひそめていた。
隠さなければならない相手は家を出ており、もとよりこの地下室など知られているはずはないのだが、念には念を入れるのがセブルス・スネイプだった。だからこそ今の立場があるともいえる。

「ええ……昨夜、オリバンダーに彼女の杖を見せたところ、“杖を作った記憶はあるが、持ち主に覚えがない”と。やはり、間違いはないかと」

スネイプは持っていた杖をくるっと回した。唯一ついていた光が消える。

「今は我輩の家に……ええ……わかっております」


「どちらにしろ彼女には、ここ以外に行くあてなど、ないのですから」


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