「14年……」

ナマエのかすかな呟きを、目の前の男もといセブルス・スネイプは聞き逃さなかった。彼は思い切り顔を顰めて、その言葉を聞き返す。

「なんだと?」
「………いや、なんでも、ない、」

ぐるぐる、なんと状況を整理しようと無理矢理に平静を保ち、頭をめぐらせる。
あの悲惨な時間から、14年が経っている。
そうであるならば、今の季節が夏であることも、目の前の男に起こっている不可解なことも説明がつく。
目の前のセブルス・スネイプは、ただ時間の流れに正直に歳をとっていっただけのこと。
しかし、そうであるならば、いったい自分はその14年間の間、どうなっていたというのだろう。何をどう思い出そうとしても、ナマエの中には、そんな記憶などなかった。体も心も、何一つあの瞬間から変わってはいない。


「……スネイプ、あなた、本当にセブルス・スネイプなのよね」
「だからさっきから言っているだろう。そもそも貴様は、」
「じゃあ、本当に、私のことを覚えていないの?」

じっと真剣に見つめ返すナマエの瞳に、スネイプは一瞬たじろいだが、目を細めて、それからゆっくりと首を横に振った。
言いようのない不安が、ナマエを襲う。立ち上がって、彼のローブを掴んだ。

「私よ、ナマエ・ミョウジよ。あなたと同じ学年で、グリフィンドールだった!」
「同じ学年……?何を言っている?」
「歳は違うけど、でも、顔をよく見て、思い出して。私よ……リリーの親友の!」

はっとスネイプの目がこれでもかと見開かれる。
そして次の瞬間に彼の目に浮かんだのは、戸惑いと悲しみと憎悪と、それ以上のたくさんの感情だった。ナマエは思わず手を離す。それを追いかけるように、スネイプの手が彼女の胸倉を掴んだ。

「リリーとは、リリー・エバンズのことか!?」
「……っ、そう。リリーの親友だった。ずっと一緒に居た。あなたが知らないはずがないでしょ?」

スネイプとリリーが、ホグワーツに入る前からの友達だったことを、ナマエは知っていた。何度かそのことでリリーや他の友達ともめたことがあるし、ジェームズたちの天敵である彼が、その隣に居たナマエのことを知らないはずがなかった。
しかし、スネイプはぎゅっと眉を寄せ、隅々までナマエの顔を見た後、ぱっと手を離して、その反動でベッドに座ったナマエを真上から睨みつけた。

「覚えがない。でたらめを言うな」
「……じゃあ、写真を、」

当時の写真を見せれば思い出すだろう、とナマエは、いつも財布と一緒に懐に入れている写真を取り出した。卒業のときに、皆で撮った写真。裏にリリーの字で日付と、「ありがとう、これからもよろしく」というメッセージが添えられている。それをひっくり返して、スネイプの目の前に突き出してやろうとして、そこでナマエは手を止めた。


「………なに、これ、」


一言で言うならば、影。

真っ黒いもやで覆われた、人間であろうその物体は、手だと思われるそれを一生懸命にこちらに向かって振っている。

そこにいるはずの、ナマエの代わりに。


「なに、これ、わたし、」

ローブの裾で写真を擦る。しかし、汚れでもないそれは一向に落ちる気配がない。
ゆらゆら、ゆらゆら、平面の中で揺れ踊るだけ。
ぞぞ、とナマエの背筋に寒気が走った。直感でわかる。これは、自分だ。

体を震わせて、目を見開いたまま固まったナマエから、スネイプはその写真を取り上げた。そして、ゆっくりと、小さく震える彼女に視線をおろす。


「これは、貴様か」


こくん。
ナマエには、ただ一度頷くことしかできなかった。


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