日頃の努力が報われて、捜査三課から二課に配属された時は、実家の母親にすぐさま電話をかけたくらいに喜んだ。
もちろんそれだけ危険な事件に関わることにはなるのだけれど、幼い頃に刑事ドラマにハマってからというもの、私は持ち前の知能と運動能力を活かし、事件の起きている現場で活躍することを、ずっと夢見てきたのだ。なんていったって憧れは、一課で強行犯捜査三係の、佐藤美和子警部補。強くて頭もきれる女刑事に私はずっとずっと憧れて、そしてその夢を絶えず追い求めてきたのだ。

そんな私の夢は、着々と実現に向かっている、はずだった。

「待てー!待たんか!キッドー!」
「ははっ、そんな仕掛けでわたしが捕まるとでも?」
「………」

言っておくけれど、怯んでいるわけじゃない。呆れているのだ。
上司である中森警部の懲りない真正面からぶつかっているような作戦も
それを毎度ご丁寧に無視することもなく、派手に盗みをする気障な大怪盗も
私からしてみれば、なんで、という話だ。

「(警部が追いかけてるの、あれダミーじゃないかな…うん……)」

弁明しておくけれど、怪盗キッド逮捕を怠けているわけでは決してありません。
世間を騒がせている大怪盗の逮捕に関われるのは名誉なことだと思っているし、たまにテレビで「キッドを追う美人女刑事!」なんて騒がれたりもして悪い気はしないし、もちろんこれも大事な仕事。
ここで成果をあげれば、もちろん一課への移動だって…

「(たぶん、本人は通気口通って…屋上、とみせかけておいて、一階の裏口ね)」

声を張り上げて皆を鼓舞する中森警部に気付かれないよう、私はそっと踵を返す。
どうせ伝えたところで、あの怪盗は、私が見通すことすらも見通しているのだ。

私が、追いかけるのがいやなくらい、彼のことが嫌いな理由のひとつ。
もっともっと重大な理由があるのです。それは、

「お待ちしておりました、なまえさん」

裏口のドアを開けたところで、ゆったりと微笑む男。微笑む、といっても、モノクルやシルクハットで目元は少し影になっていて、唇の形でそう判断できる程度。
待っていた、と軽々しく言うこの口をいますぐ塞いでお縄にしてやりたい。

「ああ、今日もお美しい。月の光すらも霞んでしまうようです」
「………」
「おや、口紅の色を変えましたか?」
「…………」
「健康的で素敵な色だ。明るい貴女によく似合っていま、」
「ええいうるさい!とにかく私に捕まりなさい!」
「それはご勘弁を」

くす、と余裕の笑みを浮かべる怪盗キッド。なんて憎たらしい。
私が彼のことを追いかけたくないほど大嫌いな一番の理由がこれだ。

今回のように、中森警部を首尾よく撒いた怪盗キッドを、私が見つけ出したのがはじまり。それからなんやかんやあって、どうやら彼は私のことをたいそう気に入ったらしい。ことあるごとに、私が追いかけてくることを楽しんで、やたらと甘い言葉をぶつけてきて、最終的にはトンズラするのが趣味らしい。悪趣味すぎる。
私もはじめは警部のように振り回されていたけれど、だんだんと嫌になってきて、今に至る。
できればもう、顔もみたくないです。

「捕まる気がないなら、とっとと逃げてください」
「おや、いいんですか?」
「……悔しいけど、アンタに関わると無駄に疲れるだけだから」
「褒め言葉として受け取っておきますね」

私が少し足を前に出すだけで、彼は自然と後ろに下がる。適当な会話をしながらも、まったく私から意識を逸らしていない証拠だ。私を上回る観察力と頭脳は、悔しいけど本当にたいしたもので。

「本当にお美しいです、なまえさん」
「はいはいそうですか」
「貴女ほど素敵な女性には出会ったことがない」
「そうですか」
「好きです」
「そうですか……って何いってるの!いい加減にしなさい!」

頭にかっと血が昇って、思わず拳銃を取り出してしまった。キッドが困ったように両手を挙げる。このまま銃口を向けていれば捕まえられるかも…と考えがよぎるが、むやみに発砲することも出来ないし、それを見越してキッドに逃げられることも予想が出来た。

「もう、ほんと、私をからかうのはやめて!めんどくさい!」
「いいえ、わたしは本気です」
「ああもう!」

むしゃくしゃしながらも、どうしようもなくて、拳銃を腰に戻す。
なんでこんなに苛々するんだろう。こんな泥棒のこと、適当に流してしまえばいいのに。と頭では分かっていても、私だって一人の人間なんだ。しょうがない。

もう放っておいて、警部たちに合流しよう。
そう決めて、くるりと彼に背を向けた瞬間、突然腕を掴まれた。
一定の距離は保っていたはずなのに、と驚くよりも前に、くるりと体を回転させられて、

「本気、なんです」

優しい紳士な触れ方ではなく、気持ちを押し付けるようなキス。
その柔らかい物言いからは想像できないような、幼稚で考えのないそれ。
ぽかん、と私が呆気にとられて瞬きをした間に、怪盗キッドは忽然と目の前から消えていた。

「………さいてー…」

やっぱり早く、なんとしてでも捜査一課に行きたい。

心臓が、もたない。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -