マグルうまれのわたしは、ゴーストが苦手です。
ううん、苦手っていうか、無理。
もともとオカルトとかそういうのが小さいときから大嫌いだけど、霊感なんかないし、まあ気にしなければ大丈夫かなって思ってた。
でも、こっちの世界に来てはじめてゴーストに出会った。出会いは最悪で、向こうからふよふよ浮いてやってきたゴーストが、驚きで固まってしまっていたわたしを面白がって体を通り抜けてきたのだ。
ひやりとした違和感と言い表せない恐怖で、心臓が凍るかと思った。実際、わたしは気絶した。
そのときのゴースト、もとい首なしニックは申し訳なさそうに謝ってくれたんだけど、わたしはそれからというもの彼も彼以外のゴーストも受け入れ難くなってしまった。
ごめんねニック、悪い人じゃないのはわかっているの。実際、彼等はわたしが怖がるのを知っているから、わたしの前に現れるのは避けてくれている。
でも怖いものはこわくて、どうしようもないんだ。
魔法使いになって、力を手に入れて、さらに怖がりになるだなんて変なはなしだけれど。


「だったら、こんな時間に外出なんてしなければいいのに」

リーマスが、呆れたようにため息をついた。
外出不可であるこの時間の廊下は、真っ暗でしんと静まり返っている。そんな廊下の真ん中を、わたしとリーマスは小さな杖灯りでこっそりと進んでいた。

「だって、さっきまでフィルチに罰則くらってたんだもん、仕方ないじゃん」
「その後にこんなとこ見つかったら、もっと厳しい罰則になるんじゃない?」
「そのためのリーマスじゃない」
「僕、一応監督生なんだけど」
「だからでしょ!」

監督生と一緒なら、見つかっても大目にみてもらえるかもしれない。
そう思ってリーマスを呼び出したのだった。

「そもそも、罰則のせいで夕飯食べそびれたんだろ?だったら、罰則の原因のジェームズかシリウスに着いてきてもらえばいいじゃないか」
「いやよ、あいつらなんて、なにしてくるかわかんないし」
「おどかされる?」
「そう」

リーマスは、ふうんと何かを考えながら呟いた。
それに答えるように、わたしのお腹がぐうと鳴った。リーマスがくすりと笑ったけど気にしない!だって、夕飯食べてないんだもの。
それだけで、こんな夜更けにしもべ妖精のところにいって、ご飯を分けてもらおうとする理由になると思うんだけど!

それにしても、夜のホグワーツは、本当に怖い。
ただでさえ、なにが潜んでいるかわからないのに、夜はゴーストたちが活発になる。
一回、ジェームズに無理矢理ハロウィンパーティに連れ込まれそうになったことがある。あのときは、本当に友達やめようかと思ったもんなあ。

「あ、」
「ひっ!な、なに?」
「あそこ」
「え?」
「いま、なんかいた…」

ひっそり、リーマスが真剣な声でささやく。わたしの後ろをじっと、探るように見つめている。背中が、ぞくりとした。恐る恐る、振り向こうとしたとき、リーマスの杖明かりがふっと消えた。

「ひゃあ!な、な、なんで消したの!」
「おかしいな…消したつもりないんだけど」
「え、」
「ちょっと見てくるから、なまえはここで待ってて」
「えええ!?」

わたしの非難の声なんか無視して、リーマスはわたしの背後に向かって杖を向けながら進もうとする。
やだやだ、こんな、暗いところに置いてきぼりなんて、

「ちょっと、リーマス、」
「大丈夫、ここから動かないでね」

にこり、リーマスは優しく微笑むけど、そんなのまったく効果がない。
ふっと離れていこうとしたリーマスに、無意識のうちに手が伸びていた。
袖を掴んでそのまま引っ張って、絶対逃がすまいと、わたしはリーマスの腕にぎゅっと抱きついた。

「ひ、ひとりにしないで…?」

なんとか絞り出した声は、かっこ悪くも震えていた。それでも必死にぎゅうぎゅうとしがみつくと、リーマスの動きがぴたりと止まった。黙り込んで、動かない。
それが余計に怖くて、顔を覗き込もうとしたら、びたーんという音とともに、リーマスのてのひらが私の両目を覆った。

「ぎゃ!」
「……なにその奇声」
「うるさ、ちょ、真っ暗やめてよ!」
「………じょーだんだよ」

ぱっと手が離される。視界に入ってきたリーマスは、いつもとは違う笑みを浮かべていた。女の子を溶かしてしまうようなスマイルではなくて、意地悪いいたずらっこのにやりとした笑み。

「は……?」
「だから、冗談。なんもいないよ」
「お、おど、おどかしたの!?」
「だって、なまえが怖がるのおもしろいし」
「はあ?なにそれ、リーマスさいてー!!!」
「僕だからって油断した君もわるいよ」

僕ならなんにもしないと思ったんだろうけど。
リーマスはそう言ってくすくす笑った。
忘れてたけど、彼もあの悪ガキたちの仲間だったのだ。してやられた。にやにや笑うリーマスに悔しくて、足を踏んでやろうとしたら、とん、と唐突に肩を押された。
背中に何か当たる感触。ひい、と一瞬息が止まるが、ただの壁だ。あれ、壁?いつのまに、

「それよりもなまえ」
「うん?」
「きみ、この夜に、ゴーストよりも怖がらなきゃいけないものがあるって知ってた?」

ゴーストより怖いもの?
なんだそれ、もっと生々しくてグロいもの?それともほら、吸魂鬼とかああいう生命に関わるような奴が潜んでいるとか。いやいや、もう騙されない!

「怖がらせようったってもう引っかからないわよ!」
「いや、真剣に言ってるんだけど」
「……な、なに?」

なんだかんだ言って、恐る恐る聞いてしまうわたし、情けない。
明るくなったら仕返ししてやる、と心に決めていると、リーマスがふと笑った気がした。
かつん、と何かがわたしの杖に当たって、わたしの灯りが消えた。完全に真っ暗になる。わたしが思わず悲鳴をあげそうになったとき、温かい手がわたしの頬をつつんで、声を塞ぐように柔らかいなにかがわたしの唇に触れた。
柔らかいって、え、ちょ、

「………んん!」

状況を理解して押し返そうとしたときには、リーマスはちゅ、とわざと音を立てて唇を離していた。
唖然としているわたしに、彼は不敵に微笑んで、杖をくるりと回した。

「オオカミ、だよ」


(thanksアキさん)
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