けだるい空気をまとった朝の教室は、人が集まってくるにつれ、目を覚ますように、段々とうるさくなる。
数人のグループで誰かの机に集まって、昨日のテレビ番組について盛り上がったり、雑誌を広げたり、宿題を映しあったり。
昨日家に帰ってから朝学校に来るまでに溜まった、誰かに伝えたいこと。それを皆が開口1番に口にしようとするものだから、一日の中で1番教室が賑やかになるのは、今まさにこのHR前の15分かもしれない。

そんなことを、黒羽快斗は、寝不足でゆらゆらする頭を机に押し付けて考えていた。

朝からテンションが上がる奴らの気がしれなかった。青子はそんな快斗を見て呆れたのか、女友達とお喋りに熱中していた。主に昨日の怪盗キッドについて。快斗は教室がその話題になるのが嫌だった。今すぐやめろよ、と叫びたい気分だった。
8時20分。だって、もうすぐ、

「かーいと!」

来た。

快斗はさっきまで伏していたのが嘘のように、素早く上体を起こした。

「はよ!なまえ」
「おはよ!快斗、寝不足?」
「まーな」
「だいじょぶ?」
「大丈夫、大丈夫!」

そう!とにこりと笑うと、なまえは快斗の前の席に座った。鞄から教科書を出しながら髪型を気にする彼女を見つめて、快斗は投げ掛ける話題を探していた。誰かがなまえに話かけるよりも先に、先生がくるまでの間、快斗はなんとかして彼女を独占したかった。

「あ、なまえあのさ!えっと、きょう、」
「ちょっとちょっとなまえー!」

遅かった。
なまえは快斗に振り向いてきょとんとしたが、すぐに集まってきた女子たちの方に顔を向けた。青子と喋ってたグループだ。


「昨日のキッド、見たよね?」


途端、なまえの目が光を帯び始めて、大好きなものを目の前にした子供のような笑顔になった。

「もっちろん!」
「さっすがなまえ!ほんっと大ファンよねー」

ちょっと呆れたような女子の言葉に、なまえは少し顔を赤らめて、拳を握り力説しはじめる。

「だってカッコイイもん!紳士だし、スマートだし、マジックすごいし、あと何よりカッコイイ!」
「カッコイイ、二回言ったよ…」
「なによう、それくらい大好きなんだからいいじゃない!」

立ち上がってきゃあきゃあ騒ぐなまえを、快斗はつまらなさそうに見つめる。

始めは、嬉しかった。
なまえに、カッコイイ、大好きだと騒がれて悪い気がするわけがない。けれど、毎回それを聞く度に、じわじわと寂しさと悔しさが募っていって。

だって、なまえが見つめているのは、あくまで怪盗キッドだ。黒羽快斗じゃない。そしてそれを彼女が同一人物だと知ることは、決してない。
怪盗キッドがいる限り、快斗は彼の立ち位置に上がることはできない。そしてそうしているのは、自分。
どうしようもない。どうしようもないのに、息ができないほど悔しかった。


「……ったく、きゃーきゃーうるせえ」
「は?なによ快斗!」
「キッドなんて都市伝説みたいなもんじゃん」
「伝説じゃないでしょ!ちゃんと居るんだから!」
「そんくらい遠いってコトだよ」

アイドルみたいに。
そうだ、アイドル。そんな存在に、ましてや自分にこんなにひどく嫉妬するなんて。
けれど快斗にはとめられなかった。どろどろ、扱いようのない感情が、途方もない感情が、溢れ出してとまらない。

自分の憧れをけなされたことに対してか、なまえは不機嫌に顔を歪める。自分の前では、こんな顔しかみせないのに、キッドのことではあんな笑顔をみせる。快斗はそれがすごく悔しくて、気がつけば立ち上がって彼女の腕を掴んでいた。

「なに…、快斗!」
「キッドキッドって、うるせーんだよ!」
「は?なんで、」
「聞きたくねーんだよんなの!」
「え、」


「キッドじゃなくて、俺を見ろよ!」


叫んだ。それはもう、朝の騒がしさを全部吸い込むくらいに。ぱち、となまえがゆっくり瞬きをする。時が止まったように静かになって、彼女が小さく唇を動かす。その動きを快斗が読み取ったとき、がらがらと教室の引き戸が開いた。

「はじめるわよー席ついてー」

暢気に入ってきた先生とすれ違い、快斗は教室を飛び出した。
心臓がどくどくしていた。自分でどこに行こうとしているのかわからない。とにかく走って、気付いたらどこかの廊下に、快斗は座り込んだ。

顔がすごく熱い。

叫んだことに対しての羞恥だけじゃない。言ったあと、その意味を理解すると同時に顔を真っ赤に赤らめて、小さく小さく呟いたなまえの言葉。


…ずっと見てるよ、ばか


「あああ、どんな顔して教室戻ればいいんだよ……」

真っ赤になった顔を、ぱたぱたと扇ぐものの、熱は一向に冷める様子がない。快斗はどうしようもなく、ゆるむ口元を放置しながら、体育座りで膝に顔を埋めた。

廊下に、彼女の声が響くまで、あと、

(thanks瞬さん)
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