大人になる日
薄暗い玄関を抜けて時折キスをしながら寝室へ向かう途中、無骨な指先が一枚一枚私の体から衣を剥いでいく。
長く伸びた帯に紐、ふわふわのショール。
桃色の着物は男が選んでくれた。
素直に“似合ってる”と言ってくれたのが凄く嬉しかった。
その着物は今もう男の眼中にはなく、足元で折り重なっていた。
本当は借り物だから床になんて落としてはいけないのに―――頭では理解しても、体をまさぐる熱い掌に逆らえなくて。
深まるキスに夢中になっていると、背中にひんやりとした感触がした。
下着姿になった自分をベッドに組み敷く男の服は乱れの一つもなく身に着けたままだった。
「私だけ…?」
素肌を見られることに慣れていない妙は、見下ろす瞳に体中が熱くなるのを感じた。眼鏡越しに見つめられるだけで火傷しそうだった。
男が柔らかく笑った気配がした。けれど男は何も返事を返さぬまま、肌を一撫ですると最後の砦であった下着も取り払われる。
一と纏わぬ姿になり、身震いした。隠してしまいたい衝動に駆られるも、両腕を頭の上で押さえられた。揺れる瞳に気付いた男が、そっと唇を寄せて呟く。
「綺麗だな」
低くしっとりとした声が、鼓膜を通って全身に流れ込む。強張っていた身体から力が抜ける。髪に飾り付けられた大輪の花飾りを引き抜くと、黒髪が広がる。
「大人になるの怖い?」
唇を重ねる瞬間、男が尋ねた。今更聞くなんて、ずるい人。妙は頭を横に振り、両腕を押さえつけられていた手を解いてもらって男の眼鏡を取り去る。それから首筋に腕を回した。
「ずぅっと、待ってたの」
耐え切れずに零れた滴が頬を濡らす。―――この日を、待ってたの。
「…妙」
「…先生」
「名前で呼べよ」
「銀、八さん…」
妙の言葉を受け止めるように銀八はキスをする。甘くて、濃厚な大人のキスを。
じんわりと身体に溶けていった。
銀八妙/成人式SS
2015.01.13