_2009 / _201205改 「やあやあ、此処が彼のメトロポリス」 「何なの君」 銀色に縁取られたシャープな窓枠より身を乗り出し、髷を結った着物の男は、それはそれは物珍しげに階下の世界を眺めていた。それに一瞥くれずに機械を調整するもう一人の男は、「参ったな」と愚痴を零している。 「君、何で乗っちゃったの」 「拙者、話せば長くなるが」 「簡潔にお願い」 振り向いた着物の男は、ぴしっと襟元を正し行儀よろしく正座をした。 「拙者が一つ前に居た処は金沢と言って、其れは冬景色が見事な……」 「そこいいから簡潔にね」 「其処から何と申したら良いか些か事は複雑で、」 「複雑なとこ省いていいから」 「詰まる処、此の珍妙な乗り物には二度程乗ってやって来た訳で御座る」 「そこで御座るって使うんだ」 調整をしながら話を聞いていた男は、窓枠と同じ銀色のボディスーツに身を包んでいた。 「一つ前に拙者が居た処では、皆、洋服と言う物を着て居たが」 「ああ、今ちょっとマシンを見たけど、そこは二千七十八年ね」 「して、此処はメトロポリスか」 「君そこ、こだわるね」 つまりはこの着物の男、着物の時代から二千七十八年、二千七十八年から未来へと、ひょんなことからタイムマシンに乗って来たということである。 何故か、を知る者はいない。いや、現に着物の男は少なからず知っているのだろうが、もう一人の男にそれを聞く気は全くなかった。何故なら、着物の男は話が長いからである。 「話は変わるが、江戸は何方で在ろうか」 「メトロポリスを見に来たんじゃないの」 「メトロポリスは前の処で話を聞いただけで御座る」 「ああ……」 マシンをまた調整し出した男が、ようやく、着物の男がここにやって来た原因を突き止めた。 「四百年前に設定したつもりが、四百年後になってたわけね」 「どう言った訳か」 「君、しばらくは帰れないよ」 「どう言った訳か」 「充電がないわけよ」 「そうか」と答えた着物の男は、また、銀色の窓枠から外を眺めて呟いた。 「嗚呼素晴らしき哉、メトロポリス」 「じゃあ見てくれば」 かち、とマシンのコンセントを差して「刀は置いてってね、銃刀法違反で捕まるからね」と苦言した男に、「そうか」と返した着物の男は、二本差しをきちんと揃え置いた。 「いざ行かん、我が楽園へ」 「君のじゃないから」 そうして二時間後、マシンを調整していた男は、ついて行かなかったことを後悔する。 「何だ貴様、放さんか!」 「ちょっとちょっと、何で捕まってるの」 「拙者は此の食べ物を頂戴しようと……」 「お金持ってないでしょうよ」 呆れた男に対し、着物の男はやや納得のいかない顔をしていた。 「金だ金だと、此処は楽園では無いのか」 「お金があれば、どこだって楽園だよ」 「其れに違い無い」 そうして着物の男は、帰還することなく、そこで働き始めたという。 嗚呼素晴らしき哉、メトロポリス © 陽気なN |