目覚まし時計をいくつかけても起きられない低血圧のわたしは、今日だけはすっきりと目覚めることができた。何故ならば、重たい瞼を開けた瞬間にバダップの顔が見えたからだ。

「…………何、してるの……」
「起こしに来ただけだが?」

表情ひとつ変えず言い放ち、彼は立ち上がった。左向きにねっころがったまま彼を見上げ、わたしは頭の中を整理する。……起こしにきた……?わたしの部屋まで?
目をしばたき、目覚まし時計を見ると、時刻は6時半。いつもならまだあと1時間は夢のなかだ。

「早いよ……、まだ寝れるじゃない」
「何を呑気なことを。お前が遅れると俺が迷惑する。起きろ」

わたしから朝の睡眠を奪うなんて言語道断だ。睡眠こそ活力源である、だからわたしは眠るのだ、なんて、ほうけてきた頭で考えていたら、いきなりバッと布団を剥がされて一気に頭がばっちり冴えた。あらがう暇すら与えられず、しっかりと腕をつかまれ無理矢理起こされてしまった。まだ足元がふらついているのも構わず彼はぐいとわたしの腕を引き部屋から連れ出そうとする。

「ななななななにちょっやめっ」
「転校初日から遅刻したがるとはとんだ不良だな」
「ふりょ……!?し、失礼な、わたしこれでも優等生なんだから!遅刻回数以外は!」
「話にならん」

尚も強い力で引っ張るバダップに、さすがのわたしも諦めてしまった。ああ、わたしの睡眠時間よさらば。

「わかった、わかったちゃんと起きるから!腕はなしてよ、もげちゃう」

わたしの悲痛な声を聞き、彼はしばらく黙っていたが、やがて振り払うようにわたしの腕をはなしてくれた。…………まったく、ずかずかと女子の部屋に上がりこんできといて、なんなのこの人は。横暴というか身勝手というかわがままというか。もしかして一週間ずっとこんな朝早くに起こされるんだろうか。恐ろしい、それは耐えられない。

「あたたたた……。それじゃあわたし制服に着替えるから、部屋出ててよ」
「お前の制服は下にある」
「え?……なんで?わたし昨日洗ってないけど」
「新しいものを用意した」
「へっ、うそ、ほんとに?」

なんだ、ちょっとはいいこともしてくれるんだ。そろそろ襟がよれてきてたからラッキーだ。なんて喜んだのも束の間、リビングに下りてわたしは絶句した。 ビニール袋に包まれた真新しい濃緑色の――軍服。王牙学園の制服だ。

「なに、これ……どういうこと?」

状況がまったくつかめず、呆然と呟くようにそう言うと、バダップが短く答えた。

「転校だと既に言った」




*




てっきりバダップがわたしの中学についてくるもんだと思っていたから、あまりに予想外な展開を受け止められなかった。転校なんてはじめてだ。しかもあの王牙学園って。わたしなんかがあのカリキュラムについていけるわけがない。何故わたしの方が転校するのかとたずねたところ、お前の通う学校になど指一本も入りたくないと冷めた口調で言われた。王牙学園の厳しい授業をこなす彼にはきっと、わたしたち庶民の学校なんてはるか格下なのだろう。

「はあ…………」

卵をくるくると丸めながらわたしは物憂げなため息をついた。転校も監視される一週間だけなのかな。監視がとかれたら戻ってこれるかな。いじめられて一週間ももたなかったらどうしよう?ついていけなさすぎて退学とか?そしたら、バダップの上の偉い人たちもわたしに失望して危険因子だなんて思わなくなるかな。じゃあわざと退学になるべき?

「……いや……」

自分で言うのもなんだけど、わたしは同級生のなかでは頭がよい方だ。運動神経も悪くない。海外にいるお父さんに誉めてもらいたくて、頑張ったなって言ってほしくて、学校生活はちゃんとしている。……遅刻回数を除けば。でも通知表は5ばっかりだし、遅刻癖なんて高校に行く前に直せばいいだけの話。先生たちにも好かれてるし、友達だってたくさんいる。……だけど、そんなこと、王牙学園に行ったらまったく意味をなさないかもしれない。まわりはみんなほんとにほんとのエリートなんだ。わたしなんてきっと最下級。でも自分から退学するだなんて、プライドが許さなかった。

「うぐぐぐぐぐ……!」

唸り声をあげながら二人分のお弁当と朝ごはんを作り上げ、しゅるんとエプロンのヒモをほどいた。なんだかんだ言ってバダップにご飯を作ってあげるわたしってほんとめちゃめちゃいい子なんじゃないだろうか。

「遅い」

反応はむかつくばかりだけれども。

椅子をひきバダップの正面に腰をおろし、味噌汁をすすっている彼の顔をまじまじと見つめる。
……なかなかいい顔してるよなあ。銀髪もきらきらしててきれいだし、女の子に人気ありそう。なんて呼ばれてるのかな、バダップ?スリード?いっそバダップ様とか?親衛隊とかいそうだな。……ん?でも王牙学園に女の子っているのかな。……いや、いるよね、だってわたし転校できるんだし。わたしだって一応女の子だもん。

「……おい」
「ふえぇ?」

ふいをつかれて変な声が出た。うわっやってしまった!情けない!とわたしが内心ギャーギャーしていると、かたんと空になった器の上に箸が置かれた。 「行くぞ、時間がない」 いやわたしまだパジャマですけど。てか本気で王牙学園行っちゃうのわたし?これ夢じゃないの?ねえ誰かほっぺたつねってくださあい 「早くしろ。トロい奴を見ていると苛立つ」 ちくしょうバダップてめえわたしの作った飯昨日の夜も今日の朝も平らげたくせに!もう作ってやらんからな!




*




ガッ、とブーツのつま先がアスファルトにつっかかり、ぐらりと身体のバランスが崩れた。

「わっ、とととと、あぶなっ」

なんとか体勢を整え一息ついている間に、前方のバダップとだいぶ距離があいてしまった。歩くのがはやすぎてむしろわざとか?というくらいずんずん彼は進んでいく。わたしは終始小走りで彼の背中を追いかけた。

「ま、待ってよ、ねえっ」

道を行く人々がわたしたちを振り返っていく。そりゃそうだ、王牙学園の軍服を着た学生が町中を歩いていたら、目立つに決まっている。わたしだって今まで、登校する王牙学園の生徒なんて目にしたことがない。まあそれはわたしが遅刻魔だからというのも関係しているかもしれないけれど。

「つかまえた!」

がし、と腕を掴まえると、バダップはちらりとわたしを一瞥したものの、歩くスピードは依然として変わらず、わたしが歩きにくくなっただけだった。

「ね、ねえ、わたし、王牙学園の生徒っててっきり、ワープか何かで登校してるもんだとばっかり」
「……いつもはな」
「やっ、やっぱり?じゃあなんで今日は」
「お前がいるからだ」
「あ……」

な、なるほど、確かにわたしはワープなんぞ出来ない。そうか、バダップを付き合わせてしまったんだ……って、いやいや、もとはといえばこいつのせいなんだし、わたしが気にする必要はない。

「……わ、わたし、軍人になる気なんかこれっぽっちもないのに、王牙学園に入って大丈夫なの?怒られない?」
「上としてはむしろ大歓迎だ。お前のような奴を更生できるからな」
「うーわ、やなかんじ……」
「……それにお前は、危険因子と言われるのと同時に期待されてもいる」
「へっ?期待?なん―――」

予想だにしない言葉に気をとられバダップを見上げた瞬間、また履きなれないブーツのつま先がまた地面に上手くひっかかった。 「ひょわっ!?」 思わずバダップの腕を掴む手に力を入れたら、何故だか彼も腕にぐっと力を入れて。その腕にしがみつくようなかたちで、転ぶのは免れた。びっくりした。

「あ……ありがとう……」
「…………手のかかる女だ」

彼はすぐにまた歩きはじめたけれど、わたしの心臓はばくばくいったままだ。た、助けて、くれた……。
しがみついた腕は同い年とは思えないくらい鍛えぬかれていて、触れると軍服の上からでも隆起した筋肉がありありとわかる。そして、助けてくれたときわたしを見下ろしていた目。出会ってからはじめて見た、あんなに優しい目。まるで、わたしが転けずにすんで安心した、みたいな。
……ほんとはいいやつなのかもしれない、なんて、ちょっとだけ考えてしまうわたしがいた。今思えば昨日も、彼は軍の命令を守って子供たちがサッカーをしないようボールを割って止めただけで、子供たちに直接危害は与えてない。蹴ったように見えたけど、あの子はそうじゃないって言ってたし。でももしあれがバダップじゃなかったら、子供たちに罰を与えたりしてたのかも。バダップは、子供たちがそんな目にあわないよう、ボールを割ったのかも――――。

「バ―――バダップ」

最初は怖い怖いと思っていたけど、でも今はもうこうして名前だって呼べるのだ。

「い、一週間、よろしくね!」
「うるさい黙れ」

……前言撤回やっぱりいやなやつ!


Un bon ogre, l'ogre qui n'est pas bon quelquefois.






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