※Toxicのオーガは映画ではなくゲームのオーガ設定です。
資料として用いた劇場版ノベライズのネタバレを含む恐れもありますのでご注意ください。





王牙学園の名は、いやでも耳にしたことがある。軍人になる素質のある子供を幼い年齢から育成するための教育施設だ。……とは言えど、その設備は完全に"より優れた人材"を作り上げる為にあった。学力や運動能力、その他全てにおいてトップクラスを誇る生徒ばかりのその学園に入学を希望するものはたくさんいた。いま思えば、銀髪をなびかせていたこの男の着ている濃緑色の軍服は王牙学園の制服であった。とんでもないことをしでかしてしまったと気付いたときにはもう遅い。

「紺野ゆい、東京都出身、14歳女、雷門中学2年。お前は軍から危険因子として見なされた。よって一週間の監視つきとする。反抗は認められない」
「け……今朝のが、原因……?」

そんなこと肯定するまでもないというように、彼はぎろりとわたしを睨んだ。お母さんは仕事に行く時間だから準備をしなくちゃと言って、さっさと部屋に戻ってしまった。大好きなお父さんはいま海外にいる。わたしに兄弟はいない。つまり、味方してくれる人間などひとりもいなかった。

「あ、あんたたち、サッカーが嫌いなんでしょ?わたしを危険因子だなんて言うけど、わたし別にサッカーが好きでもないし、まともにやったことだってないのに……」
「……お前は自分の曾祖父の名を知っているか?」
「ひいおじいちゃん?……名前までは知らないけど……。いや、ていうか、ひいおじいちゃんはサッカーやってたかもしれないけど、もう亡くなってるし、わたし話したことすらないもん。すこしでも血縁があるってだけでこんなの、おかしいよ」
「ただのサッカー選手なら、判断は甘くなっただろうな」
「……へっ?」

どういうことかたずねようとしたとき、上の階からお母さんがどたばたと音をたてて下りてきた。手には何故か大量の荷物を抱えている。まるでどこかに旅行に行くような風貌だ。 わたしの頭のなかをよからぬ予想がかけめぐった。ちょっと待て、お母さんあんたまさか、 「ゆい、さっきお父さんから連絡があってね、急遽私もお父さんのいる海外に行くことになっちゃった!それじゃあ家のことよろしくね!」 まったく期待通りの母親である。

「ままままま待ってよお母さん本気で言ってるの!?わたしこの人とふたりっきりになっちゃうんだよ!?しぬよ!?」
「そんなこと言うんじゃありません!そりゃ心配だけど私はあなたを信じてるわ。頑張ってねゆい!」
「ちょっと、まっ、うそ、まじでっ!?やだあ、お母さん!」

わたしとお母さんとを遮るように金属のドアが閉まった。へなへなと玄関に崩れ落ちたわたしの背後から、嘲笑うような冷たい声がする。

「運が尽きたようだな」

禁止されているタイムワープを使って今朝の自分を殴りに行きたいと思うばかりだった。




*




彼は最低限のことしか教えてくれなかったので、わたしは頭をフル活用していろいろと考えを巡らせた。彼は正確にはまだ軍人ではなく、王牙学園に通う士官候補生の一人らしい。常人のわたしですら感じてしまうただならぬ気から考えて、たぶんかなりの実力者なんだと思う。そしてわたしはそんな彼に朝あんなことやこんなことをしでかしてしまい、その上曾祖父になんかすごい人をもったせいで彼自ら監視につくよう上から命令を受けたんだそうだ。厄日だ。正直生きてる心地がしない。

「あのー……」

顔色を伺うように見ると、燃えるような赤の瞳がわたしを鋭く貫いた。

「ひとつだけ聞いてもいい?」
「何だ」
「わたし、……敬語使わなくていいの?」

料理器具を手にたずねると、彼はあからさまに呆れた顔をして、ため息をついた。

「散々あんただの失せろだのと言っておいて、今更だな」
「い……いやあの時はちょっと、いやかなり調子に乗ってたというか、テンションが……!あるでしょうそういう時ってほら」
「……強気で挑む姿勢は悪くない」
「あ、わかってくれます!?」
「ただ、挑む相手を間違えなければの話だが」

思いもよらぬカウンターを受けわたしは ウッ と呻いた。そう、だよね、王牙学園の生徒に手を上げるなんて、わたし、死にたがりもいいとこだったんだ。敬語くらい使っとかないとあとが怖い。

「えっと……その節はどうもすいませんでした反省していますお許し願います」
「拒否する」

お、怒っていらっしゃる!やっぱあれだよね、平手打ちがいけなかったんだよね……?いやだってこの人があの子を蹴っ飛ばしたように見えたんだもん。だからわたしもカッとなって、気付いたらやってしまってたというか、不可抗力というか。でもやっぱりわたし的にはこの人の方が絶対に悪いことしたと思うんだけど。あの子たちはボールで遊んでいただけで、怒られるようなことはなんにもしてないのだから。

「……まあ、別に許してもらえなくてもいいです。一週間なんにも怪しいことしなかったら監視やめてくれるんでしょう?一週間くらい我慢できますから、わたしの安全性が確認できたらさっさと帰ってくださいね」
「何を我慢する?……サッカーか?」
「だからわたしはサッカーなんかやらないって言ってるのに。……あなたとの共同生活を我慢するんです、兵士さん」

フライパンに油をひき、調理をはじめる。この人が来た代わりにお母さんが出ていったから、作る量はこれまでと変わらず二人分だ。そうそう、なんにも気にすることはないんだ。お母さんがものすごく怖くなっただけと思えば一週間くらいどうってことない。そうよわたしは強い子!王牙学園の生徒に逆らっちゃうくらい度胸のある子!なにが怖いのよこんな男の子ひとり。王牙学園っていうだけで、おおまかに言えば同世代の男子じゃない。なら、クラスの男子に接するのとなんらかわらない態度でいたらいいのよ。

「バダップ」
「…………へ?」

じゅーじゅーと野菜を炒める音でうまく聞き取れず、わたしは振り返った、――――ら、椅子に座って脚を組んでいたはずの彼が真後ろにいて心臓が大ジャンプした。

「なっ、なな、な、なにっ、あ、いや、なんですかっ」
「あんたでも兵士さんでもない。俺はバダップ・スリードだ。好きに呼ぶといい。敬う気持ちがないのなら敬語もいらない。仮にも同学年だしな。……そして、俺はお前が嫌いだ。よく覚えておけ」

怒りが、彼の目には揺らめいていた。わたしは思わずこくりと喉を鳴らした。……簡単に考えていたけど、軍人になる器の人だ。わたしなんかにあしらえるわけがなかった。……怖い、すごく怖い。

――――でも、負けたくない。

「紺野ゆい」

わたしはわなわなと震える唇で、だけどしっかりとした声で言った。 「お前、じゃない。紺野ゆいよ」 わたしの顔をまっすぐに見つめる彼は少しだけ口角をつり上げた。

「上等だ」


J'ai déclaré la guerre contre un ogre.






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