※源→佐久→鬼の表現有り




「なぁ、源田、」
「嫌だよ。」



机上に並べられた2つのノートから目を離さないで即答すると向かい合って頬杖をついて座る佐久間がくすり、まだ何も言っていないじゃないか。そう言って苦笑いする顔はちゃんととても素直だ。嘘ばかりつく口をもつ彼とは似ても似つかないほどに。



「頼むよ。」
「嫌、だ。」
「何を頼まれるかすら知らないくせに。」



あぁ、それも嘘だね。俺は知ってるし佐久間もそれを知ってる。どうせまた抱きしめろとかキスしろとか、それ以上をやれとか言うんだ。その素直な顔で素直じゃない口を使って。



俺だって出来るものならすぐにそうしたい。心の底からそう思う。佐久間次郎、「お前」にそうしたいんだ。でもお前のお目当ては源田幸次郎、つまり「俺」じゃあない。



几帳面に並ぶ綺麗な字は佐久間自身にそっくりだ。俺はそれを出来るだけ真似しながら、ノート写しに励んでみた。シャープペンに佐久間から貰った色の薄い芯を入れて、いつもは使わない下敷きを敷いたりして。佐久間の方を一度も見上げずに、佐久間の分身を一生懸命見つめ続けた。それでも出来上がったページを見てみるとどうも男くさい不格好な仕上がりになっている。恐ろしくなって前のページをちらりと見ると、それはもう異世界のような混沌ぶりで今度からもう少し気遣おうと決心する。ただ、それを実行するのは明日からにしよう。そして今は残された白紙のページを一刻も早く埋めていかないと、部活に遅れてしまう。



「源田聞いているのか?」



こくりと首を傾げながら佐久間が聞いてくる。2ページ目は精度よりスピード重視でいこうと、なりふり構わず書けば書くほど佐久間のノートからは離れ忘れるように俺らしくなっていく。次々と埋まる行を見ながら思った、
ノートですらこうなんだ。俺は佐久間になれなかった。佐久間にすらなれないならもちろん、彼にもなれないのだと。



最後の1文を書き終えた。終わったのか?そう訪ねられて黙って頷く。なんだか名残惜しさを感じながら佐久間のノートを閉じ、それを返す。ついでに先程の質問の答えも。
視界に佐久間を捉えた。



「俺、は、鬼道、じゃ、無い」



正直、殴られる覚悟はしていた。佐久間の腕は(人間誰だってそうかもしれないが、)綺麗な顔よりずっと素直だ。その本能に従えばいいと思った。視界に捉えた佐久間を、もう離さない。



「源田……お前、」
「俺は源田幸次郎。鬼道じゃないし鬼道にもなれない、ただの、源田。だからお前を満たしてやることは出来ない。それに、もうその場しのぎなんてしない。」



佐久間に触れ合いを求められたのは初めてじゃないが、ここまで拒んだのは今日が初めてだ。今までも何度も断ろうとしたけど、結局は口だけで最終的に流されてしまっていた。俺も佐久間と同じなのだ。口から出任せは得手だが素直な気持ちには勝てない。きっと俺の顔も嘘つきな口を確定付けるような仕事しかしていなかっただろう。
それに、拒まれることによって佐久間が築いてきた精神バランスが崩れてしまいそうな気がして、俺は、それが今まで怖かった。否、それすらも半分嘘かもしれない。1番はきっと何かを盾に佐久間に触れたかっただけなのだ。



「どうしてだ?」
「どうしてもだ。」



鬼道と不動が付き合っている。
それが発覚した時鬼道が好きで好きでたまらない佐久間は泣きも怒りもせず、ただ真っ直ぐに俺の所にやってきた。あの時の佐久間の目はただストンと落ちた現実を飲み込んだような顔をしていた。全てに無頓着な色を光らす目を俺は忘れることが出来ない。俺はそのまま佐久間への同情と自身の願望に負けた。今思えばそれが始まりだった。


「佐久間、俺はお前が好きだよ。」



結果、ここまで言っても佐久間は俺を殴らなかった。殴るどころか触りすらしない。怒ったりも、傷ついた風も見せず、少し驚いて、飲み込んで、ただ最初と同じように少し困った風に笑う。この短時間、佐久間側から視線が外されることはなかった。



暫くの沈黙が辛い。どうしようもないやってしまった感とこの場に似合わない清々しさが胸の辺りをぐるぐると回る。届けられず、もう1度自ら受け入れることも出来なくなった鬼道への感情の捌け口に今辞表を叩きつけられた挙げ句友として裏切られた佐久間がこの後どうなってしまうのはわからない。ただ、どうなろうとなるまいと俺は源田として佐久間の傍にいると決めていた。その気持ちだけは例え俺の厚かましい独りよがりだったとしてもわかって欲しいと思った。



「お前そんな風に思ってたんだな。」
「あぁ。ごめんな。」




苦い笑顔はもう懲り懲りだ。もう見たくない。佐久間、ごめんな。上手く代わりになれなくて、こんな風に何度も辛そうな顔をさせて、最後の最後で裏切って、もう謝らずにはいられない。



「佐久間、ごめん。」
「源田、」
「ごめんな、ごめん。」
「源田、もういい。」
「悪かったよ、本当にごめん。」
「もう、いいから」
「佐久間、ごめん、でも好き」
「うん」
「好きになってごめん。源田でごめん。鬼道じゃなくて、ごめん」
「馬鹿なこと、言うなよ」



放課後。さあ、これから1日のメインイベントである部活をしよう。とみんなが意気込む今の時間に終わりの見えないこのやり取りは全く似合わない。
結局俺のほうから目を反らしてしまった。酷く泣きたい気分だけれど、どんな形であれ佐久間の傍にいる、と決めたからには佐久間の前では泣かない。
だから、佐久間みたいに苦くてもいい、笑顔を見せようと俯いていた顔を上げた。




「佐久間……?」
「うるさい!」



無理矢理な笑顔を張り付けて見上げた先には先程の俺から受け取ったノートを必死に握って俯き震える佐久間の姿。



「佐久間?お前もしかして泣いているのか?泣くほど、嫌だったのか?そんなに傷つけてしまったのなら本当に悪かった!!……俺また自分に甘かったのかもしれない。どんな形でも傍にいたいなら、お前に思いを告げるべきじゃなかっ「うるさいって言っているだろ!」へぶぁっっ!!」



すっかりパニックに陥った俺に佐久間が右グーを振り下ろした。肉と肉がぶつかるべちっと言う音と衝撃、軽く吹っ飛ばされて近くの机をなぎ倒して、床とキスして、やっぱりキスは佐久間としたい、と再確認した。阿呆だ。



「お前は、そんな風に思ってたんだな!!!」



力いっぱい佐久間が叫ぶ。
そんな風って?佐久間は鬼道が好きで、俺は佐久間が好きで、鬼道は不動が好きで、だから俺が鬼道の代わりで、でもそれを止めにしたくて、でも俺は佐久間の傍に居たくて。
痛みのおかげで頭がみるみる冴えて行く。それでも佐久間の怒る理由がいまいち理解出来ない。ひりひりと痛みだした頬を手で覆う。なんだか腫れてきた気がしないこともない。痛い。
それでも、そんなことよりも、佐久間の考えが、わからない。



「佐久間……?」



あぁ、佐久間は強いんだ。
俺なんかよりずっと、ちゃんと決めてた想いがあったんだ。
はぁはぁと力強く肩で息をする佐久間を見て、そう思った。真ん丸に開いていたであろう目をぐっと細めて次の言葉を待つ。もしかしたら本当に俺の存在は佐久間には邪魔なのかもしれない。
でも今は、それでいいと思える。
だって佐久間は俺を殴った。それが1番嘘偽り無い佐久間の気持ちだから従えばいい。それに佐久間は強い。今みたいに両足を踏ん張って、もう佐久間は一人で立てる。



「源田、」ともう1度呼ばれてきゅっとまた目を細めた。佐久間は俯いていて、どんな状態なのか全くわからない。でも、どんな佐久間でも俺は向き合う。もう、そんな必要ないかもしれないけど。



綺麗な髪から覗く鋭利な瞳を細められた俺の視線にぶつけた。ぐっと力の籠もった顔つきで俺を見る。さぁ、何を言われるか。なんでもこいよ。
すうっとあからさまに息を吸った佐久間がヘディングをするかのように叫んだ。





「俺は!お前が好きなんだよ!源田幸次郎!!」





俺の決め顔を返してほしい。




せっかく細めた目をこれまで生きてきて初めて満月より気持ち大きく見開いた。頭の中でぱちぱちとピースのはまる音がする。「お前はそんな風に思ってたんだな!」痛々しかったあの叫び、震える肩、涙、そしてあの右グーブレイク。



「何スッキリした顔してんだ。」
「いや、ビックリしたんだ。」
「これで、わかったかよ。」
「あぁ、アホだな、俺は。」
「そうだよ。
 すっげぇー!アホだよ!」



冷たく言い放たれた言葉は素直じゃなかった口からやっと出た本音で思わず笑ってしまう。



「確かに、最初は、鬼道の代わりだった。でも、触るから、お前が、触るから、さ。………お前ががさつすぎて繊細な鬼道とは似ても似つかなくてなんか目覚めたんだよ鬼道は不動のもの何を願って何を使ってもな。」
「そっか、」
「………そっか、って。お前それだけ?もっとこう怒るとこたくさんあるんじゃないの?」
「いや、寧ろ俺も謝らないと。俺は、俺はただ、黙って触れさせてくれる佐久間に甘えていただけだったから。」
「うわ、アホの塊だなお前、」
「あぁ、今日ばかりは認めるよ。」



ふわりと床に座り込んだままの俺に佐久間が手を伸ばして、笑った。なぁ、佐久間。これってハッピーエンドなのかな?俺はこの手に何の罪悪感も無く触っていいのかな?



「……なぁ、源田。」
「なんだ?」
「頼みが、あるんだ。」
「…………なんだ?」
「俺と、付き合ってくれないか?」



優しい、いつか過去のあの時の鬼道を見ていた時と同じ目で、佐久間が笑った。俺はこの目を知ってる。知ってるよ、佐久間。俺は許されたんだな。求められてるんだな?あの時の鬼道のように。



「頼むよ、源田。」
「嫌だ、とは言えないな。」



ぎゅっと差し出された手を握った。ぐっと佐久間が引いて、俺は立ち上がって、どちらとも言わずに抱きしめ合う。



「源田、1つだけ。」
「ん?」
「お前は鬼道の代わりなんかじゃない。好きだよ、ただの源田くん。あの時の鬼道以上に。比べ物にならにいくらいに。」
「佐久間、」
「泣いても、いいんだぜ?」
「うっ、ちくしょう。」



なぁ、佐久間。
俺はどんな形でもお前の傍にいるよ。
ずっとずっと、永遠に。
だから泣かないなんて言えないな。俺涙脆いからな、涙無しには生きられないんだ。その代わり、全部やるよ。泣き顔もこの焦がれる気持ちも、全部。
だから俺にお前を全部下さい。
頼むよ、佐久間。
まぁ、嫌だなんて、言わせない。



捕まえた。




20110716(!)とこは