「染岡くん」
「豪炎寺の事が好きなんだろう?」
「…うん、そう、なんだ…」
「即答、かよ。」
「最近ある人に言われた。好きと聞かれてすぐ答えられない人は駄目だって。だから、ごめん。」
「吹雪、」
「ごめん、ごめんなさい。」



でも、君だけには嘘は付けない。
そう唇を転がすように呟いた小さな生き物は、誠実に頑なに俺と向き合ってくれている。



「凄く、嬉しい。僕も同じ言葉を返したい。けれど、重さが違ってしまう。そんな軽い言葉を君には渡せない。」



傷つけまいと遠回しに外から渦巻く穏やかな、でも竜巻のような返答は吹雪の今の俺に渡せる精一杯の物で、優しく甘く胸を抉る。ぐ、と何か熱い物をこらえて俯く頭に手を被せた。



「顔を上げろ」
「染岡、くん」
「お前は何も悪いことしてねんだから、もっと堂々としてろ。悲しんだ顔をするな。そんな顔させたかったわけじゃねぇ。それから、これからも俺と風になってくれ、よな。」
「…………うん!」



一瞬世界が明るくてなりそうな笑顔に俺も笑った。



「帰る、か。」
「そうだね。雨が降りそうだし、少し急ごう。」
「…………雨?」
「うん、髪がくるくるしてきた。」
「そう、か?いつもと変わらな………ごめんって、睨むな。」
「もう、染岡くんだから許してあげるんだよ。さぁ帰ろう、何か嫌な予感がする。」



すっかりいつも通りに笑う吹雪は残酷だ。俺の人生で最大級の思い出になりそうなこの瞬間も吹雪にしてみたら過ぎゆく日々のワンシーンにしかならない。吹雪からの特別扱いはいつだって胸を高鳴らせたのに、それを楽しむことすらもう許されない。俺、振られたんだな。豪炎寺のせいで。
豪炎寺?ふと引っかかる。今日の放課後、部活終了時、俺あいつからの痛い視線に優越感を感じながら吹雪を引っ張り外に出た。その時あいつはまだユニフォームではなかったか。



「豪炎寺、」
「え?」
「豪炎寺が、まだ学校にいるかもしれない。」



携帯を開くとあいつのことだ、まだ特訓していてもおかしくない。目の前で立ち竦んだ吹雪が明らかに狼狽した顔をする。すっと確かめるように腕を腰に当てて苦しそうに息を吐いた。 


「たかが雨だぜ。そんな心配することねぇよ。」
「違う、」
「なにが?」
「Xデーだ。」
「……………は?」
「豪炎寺くんが連れて行かれる」



俺は昔からおとぎ話とは相容れなかったが食わず嫌いせずにいたら理解できただろうか。急に苛々し始めた吹雪はきっと何かを知っているのだろう。
あぁ、やっと隣に立ってくれたのに。長い長い人生のほんの一瞬だったけど隣を歩き立ち止まり、また歩き出そうとして吹雪はころっと行き先変更してしまう。



「行け、よ。」



そりゃそうだ。吹雪の目的地は俺じゃ無いんだから。夢物語はもう見るのを止めたじゃないか。
なぁ、俺に出来る事は何だ?
俺しか、出来ない事は何だ?



「行ってこい吹雪。ほんで全部ぶちまけて来いよ。」
「…行けない、よ」
「何で?よくわかんねぇけどそう言う事なんだろ?」
「だって!豪炎寺くんには、もう…」
「行けよ!」
「………っ!」
「行け、吹雪。豪炎寺がどうなるとかよくわからねぇけど、豪炎寺を引っ張って止められんのは、きっとお前だけだ。あの時の豪炎寺みたいにな。それに、こんな形で失っていいのか?お前の気持ちぶつけないまま豪炎寺持ってかれていいのか?よく聞け、吹雪。伝わらなかった事実は伝えなかった奴の責任だ。お前このまま豪炎寺が居なくなったら本当に何も関われなくなるんだぞ!本当の他人になるんだぞ!そんなん嫌だろ!」
「うん………うんやだ!」
「吹雪は豪炎寺が好きなんだろ?」
「好き、好きだよ!」
「吹雪約束しろ、必ず言え。」「わかった……約束する!」



こくこくと全身全霊で約束してくれた吹雪に頷く。この即答は誰かの言葉を引き摺った物じゃない、今にも決壊しそうな涙と共に零れた本心だと、思う。
誰が吹雪に言ったか知らないが、其奴が言いたかったこともこれなんじゃないだろうか。大切なのは言わなけばならない拘束ではないのだ。
吹雪は一つ壁を乗り越えた。



ほら、行け、振り向け馬鹿吹雪。
隣にいるから出来ること、
触れられるから出来ること。
ぐっと足に力を入れ振り返った吹雪の背中を押す。
ありがとう、と1度だけ振り返って吹雪はそのまま走っていった。あぁ、雨に助けられたのは初めてだ。 


∴≒#*$∵



染岡くんが押してくれたおかげでいつもより勢い良くスタートが切れた。学校までの道程は遠い。肉まんを奢って貰ったコンビニを通り過ぎ、商店街に入り、店じまいをしていたスポーツ店の店員さんに頭を下げられ、今日に限って混雑している人の群れを必死にすり抜け、掻き分け、走って商店街を出る。アーケードの下では気がつかなかったが雨が降り始めていた。少年サッカーのポスターが貼ってある角を曲がり雷雷軒を走り抜けて、きゅっと曲がるとさっき染岡くんに教えて貰った裏道に転がり出る。そこは雷門中の東門の側に出る近道だった。ラストスパートをかけるために一際強く地面を蹴り込む。



門は開いていなかった。ざんっ鞄を投げ込むといち、にっと飛びつき、がしゃと音と共に飛び降りる、侵入成功ってやつ。鞄を広い上げ少し走れば、サッカー部の部室だ。
その部室を走り抜け少し斜面になっている芝生を滑り降り、とっと跳躍すると、少しぬかるんだ地面に着地した。 


グラウンドには誰も居なかった。
考えてみれば、商店街を走っている時から雨は降り始めていたのだから当たり前じゃないか。立ち止まって気づいたけれど、雨足もかなり強くなっている。どっと疲れた僕は思わずその場にしゃがみ込んだ。
あぁ、悔しいな。短距離型だと思っていたのに。



「僕って結構長距離も走れたんだ。知らなかったな。」
「俺は知っていたけどな。」



不意に上から降ってきたのは雨の声か、それとも



「豪炎寺くん………!」
「ディフェンスから最前線まで出てきて点を決めるなんて、持久力が無いと出来ない。」
「なん、で?」
「特訓してたら降ってきて、慌てて部室を閉めた所だ。ほら、」



ちゃりん、キャプテンが付けたサッカーボールのキーホルダーと鍵を鳴らしながら見せつけくる、と同時に逆の手を差し出してくれた。



「腹が冷えるぞ。」



久しぶりで、懐かしく感じるのに全く変わらない彼の揶揄うように笑ったその声に顔に差し出された手に、ときめく。考えてみればここ一週間ほど豪炎寺くんと関わっていなかったのだ。ずっと君のこと考えてたから気付かなかったよ。
そっと握った手が濡れて冷えていて雨が降っていることを思い出した。
あぁ、悔しいな。



「好き、」



大切なのは言わなけばならない、拘束じゃなくて、溢れ出てしまう、事実。
 


「え?」
「僕、豪炎寺くんが、好き。」



大好き。


 


∴≒#*$∵


難産……!と思ってたら次回の方が難産でした。染岡くんが動かしにくいせいだとか思ってごめん、修也の方が鬼畜だったわ。そんな修也が好きなんだけどね!中学の時裏門組だったのでしょっちゅう乗り越えてしまた。夏のことですね、買ったばかりの水筒の蓋が開いて鞄の中身がポカリ海になったことが2、3度有りまして、何でや何でや思ってたら門越える前に鞄投げ入れてたのが原因た、とある日閃きましたね、きっと否絶対そうです。みんなもアニメの真似は程々にな!とにかく吹雪ってたくさんの人に呼ばせたかったのですが、そんな吹雪くんは豪炎寺くんを目指す余り部室の鍵かけてた彼の横を走り去っていきましたとさ。



20111024(!)とこは