体内に納まる愛情とは吐き出さないと毒になる。
世間知らずの一人っ子にだけはなりたくなかった。
何であいつだったんだろう。
それだけは、わかった。
「人は一通りでは収まらないんだ。」
あははははははばっかみたい!!
みんながみんな、廻りに廻る。
俺も廻る。
さぁ、最初に抜け出すのは誰だ。



loop.0004
目逸らし、目隠し、目潰し、刮目

 



小さい頃から母さんを見て育って来た。父さんの記憶はあまり、無い。それを苦とは思わなかったし、父さんがあまり家に居ないのは勉強の出来るエリートだからだ、と母さんはいつも誇らしげに言ったいた。それがいいのだ、と。



子供と言う者は何があってもどうあっても親を愛さずには居られない生き物で、だからこそあっさりと馬鹿正直に親を見てしまう。そして気づく。親からの愛と俺からの愛は大きさは一緒でも割合は一緒じゃないのだ。当たり前っちゃ当たり前のことだった。親の方が抱えているものが多い、それだけのことだ。



俺の家の場合、父さんは仕事と家族に愛を振り分けた。母さんは俺と父さんに。そして俺は父さんと母さんに。それぞれがそれぞれに従って振り分けた。子供として気付くべきだったのか否か、それは知らない。ただ知らないままの自分を想像するとぞっとした。
このままでは俺はいつまで経っても父さんと母さんにしか愛を注げない人間になってしまう。



体内に納まる愛情とは吐き出さないと毒になる。吐き出し、受け止めてもらい、時には跳ねのけられて凹もうとも、湧き水のような愛情は決して体内に留めてはいけない。その形が欲望であれ嫌悪であれ押し殺してはいけない。
無知とは恐ろしい、世間知らずの一人っ子にだけはなりたくなかった。そこで俺はもう1つの捌け口を見つけ、そこに滑りこんだ。
結局我が家で愛情を溜め殺しているのは母さんだけだ。道を拓いた父さんと俺についてこれなくて泣きそうになっているけれど僕の割合はもうほとんど彼のものだ。割けない。
勉強は素晴らしい。彼と結婚したいくらいだ。無知から僕を遠ざけそれと同時に捌け口になってくれる。無機物を対象にすることはどんなに楽か、母さんも早く気がつけばいい。俺達を追ってないで何かを掴めばいい。


吹雪、ふと名前が浮かぶ。ふわりと笑う面白くて気さくな奴だ。吹雪は人間の中では珍しく母さんを見ていた。否、母さんを通して誰かを見ていた。



豪炎寺、やはり名が浮かぶ。しっくりきた。そうか吹雪は母さんを通して、嫌、母さんを見て見ぬ振りをして豪炎寺を見ているのか。そしてきっと豪炎寺も然り、か。
ははは、母さん、やっぱりあなたは早く捌け口を見つけるべきだ。誰もあなたを見やしない。無機物がいいよ。そうだな料理とかどうだい。なに、僕は今日も彼と仲良くやるさ。


見飽きたので目逸らし 


∴≒#*$∵



自惚れていた、甘えていた、吹雪に対してだ。吹雪は横に居て当たり前の存在だと思っていた。温かくて安心できる、守らなきゃいけないのに時々守られている気になってしまう、そんな夕香みたいな存在。
そうだ、俺は1度夕香を失う怖さと辛さを経験したではないか、吹雪なら大丈夫なんていつ思ってしまったんだ。吹雪が俺から離れない保証がどこにあった。



「いい!」



強く拒絶されたあの一言が鼓膜に張り付いて剥がれない。あの瞬間確かに吹雪の中の夕香とは別の脆さと儚さを見てしまった。俺は頭を割られ脳にタックルを喰らったような衝撃に思わず、よろめいた。それが悔しくて叫ぶ、吹雪っ!あんなに弱った吹雪に俺はいったい何をぶつけたかったと言うのか。



いつだって、吹雪を思い浮かべ瞳を閉じると開く前に吹雪が俺を引っ張ってくれる。見た目より少し低い声で豪炎寺くん、とはにかみながら俺を振り向かせる。それが少し特別だったら嬉しいなんてやっぱり自惚れていたのだ。



先に吹雪から頼られた、あの少年を思い出す。十ニ分に知った顔だった。塾に通いつめて母親を泣かした超本人。何であいつだったんだろう。あいつと吹雪は2人で何をしていたんだろう。吹雪はあいつのことが好きなんだろうか。もしそうだったとしてこれからの俺はどうしたらいいのだろうか。
自惚れを差し引いても吹雪と俺は仲がよかった。じゃあ、これからは?吹雪があの優しく抱き留めてくれる少年の所にいってしまったら?そこから先は考える前に俺の心が折れた。



ふう、と息を吐きながらベッドにもたれかかる。裸の背中に冷えたシーツがくっついてぞくりとする。



「煙草が似合う人になりそう」


シーツの擦れ合う音に交じって背後から声が聞こえた。温まった掌がそっと肩に触れてくる。払った。



「煙草は嫌いです。」



と言うより、今何を聞かれても全て嫌いだ、大嫌いだ。今日の部活時吹雪の欠席を知らせに来たのはあの少年だった。思い出して苛々する、まだ保健室で寝ているはずだと告げて円堂に背中を叩かれ嫌な顔をしながらも足早に去っていった少年が見えなくなってから俺は走った。あの角を曲がれば保健室と言う所まで来た時、扉の開く音がした。ばっと曲がると同時に走り去っていったのは吹雪だ。しっかりとした足取りで、いつも9を背負うその背中で俺を突き放して走っていってしまった。ぐっと拳を握り締める。随分と足が重い。例え声に出して吹雪と呼んだとしても遥か届かないことはわかった。
それだけは、わかった。



夕香に彼氏が出来てもこんな気持ちになるのだろうか。だったら大変だ。俺は生き延びることが出来るだろうか。庇護欲が過ぎただろうか。吹雪はこれからもあの少年の肩に身を預けるのだろうか。ぎりりと唇を噛む、
血の味がした。


目隠しに気付けない 


∴≒#*$∵



この子が何の戸惑いもなく他人の手を払う姿を初めてみた。暫くの間口が塞がらない。そんな私を置き去りにして彼はまた思想の世界へと潜って行く。その先に佇む姿が後ろで手を組みながらはにかむその顔が容易に想像出来た。ほんの数時間前に叩き潰した顔だ。
目を閉じる。チャイムが聞こえた。



「吹雪のこと知ってたんだ。」
「彼綺麗な顔してるからお母様方の間では有名なのよ。」



教室の隅で息子がふうんと興味なさげに窓の外に目を見やる。こうやって話したのも随分久し振りな気がして思わず元気だった?なんて言葉が口から飛び出そうになった。嫌、私が今1番聞きたいことだからこそ飛び出しかけたのかも知れない。
ねぇ、元気だった?今は?辛いことはない?お腹は空いてない?学校楽しい?塾しんどくない?お弁当美味しい?ねぇ?どうして何も言ってくれないの?



息子の視線を追う。グランドに向けられていた、どこかの部活がストレッチをしている。大きい声だ。少しだけ妬けつくような色をその瞳に見つけた。くすりと笑う。まだ、そんな感情を持っていてくれてよかった。と。今日はいろんなあなたを見ることができた。満足げに声を出した。



「今日、来てよかったわ。」
「………何故?」
「楽しかったもの。」
「そう?ならよかった。」
「あなたの意外な一面も見れた。」
「…どういう意味?」
「まさか、あなたが勉強より友達を取るなんて、吃驚じゃない。」



素直な感想だった。心優しい息子を褒め称えたつもりだった。


「母さん、もし僕が塾に遅刻しそうな時目の前で倒れた人がいたら他人に任せて置き去りにするだろう。もしかしてそう思ってる?」



淡々としていた。声も表情も淡々としていた。そんなつもりは、そう返そうとして言葉に詰まる。だってそうだったじゃないか。私の息子はいつだって冷静な判断力で確信を持って動く、そんな子だったじゃ、ないか。


「母さん、僕は変わった。」



成長したんだ。勉強が1番さ。大好きだもの。確かに他人が倒れたら置き去りにするかもね、でも僕の友達は別。吹雪は大切な奴なんだ。母さんの想像はあながち間違っちゃいない。でも、



「人は一通りでは収まらないんだ。」



数字じゃ、ないんだ。何の前触れも無く現れた笑顔に泣きそうになる。息子の放つ言葉に感動、歓喜した反面、それを学んだ場所が自分の元じゃないことに落胆、羞恥する。それから嫉妬。



なぜ、あの子なの?吹雪士郎。
あの子に何があるって言うの?



「しゅうちゃんは吹雪くんが好きなの?」



吹雪くんの名前が出て初めて彼が反応してくれる。ほら、何故?
今日の休み時間だって、みんなあの子を見ていた。息子もしゅうちゃんも。


「好き、とは?」
「レンアイカンジョウでよ」
「それは無い、です。」



けれどきっぱりとしゅうちゃんは言い切った。拍子抜けしてしまう。



「え?無いの?」
「無い、です。」
「何故!?」
「え?だって吹雪男ですよ!?」



引き締めたお腹から笑いが生まれた。止まらない。
あははははははばっかみたい!!
しゅうちゃんにはその概念が無いのか
そうかそうか、可哀想に。私に捕まったばっかりに。でもいいじゃないか、代わりにもっと良いものを教えてあげようじゃないか。ね、吹雪くん。
Xデーは近いね。



訪れときながら服を脱がされながら、いいところでやっぱりやらないと背を向けた彼をやっぱり私は押し倒した。


見られたくない見たくない、
だからあなたも私の目潰しの道連れ
 


∴≒#*$∵



怒鳴り声が、聞こえた。
それがたまたま見知った奴の声だったから顔を覗かせただけだ。
それがたまたま好きなやつの声だったから声をかけた。



「お前ら何やってんだ。」



巻き込まれた感は否めない。
それでも、足を踏み入れることを許されてしまった。俺はもう当事者なんだと自惚れる。



みんながみんな、廻りに廻る。
俺も廻る。
さぁ、最初に抜け出すのは誰だ。


そして、刮目




∴≒#*$∵


前回が長かったのと吹雪くん視点が続きまくるので少し休憩。も、書いてて1番楽しかった!笑


20110921(!)とこは