▼ ついったろぐ3 「吹雪、待たせたな。」 そう動く筈だった唇をすぐに噤み、代わりに微笑む。雪舞う夜に似合ったコートを来た女2人組に挟まれて困っている様子など微塵も見せない吹雪を少しだけ見つめ続けた。やがて、何かに囁かれたようにこちらに気づき声を上げずにあ、と言う。にこり、失礼なくらい打って変わった笑顔に俺もにやりと返した。 「吹雪クンのお友達ですか?」 つんつんとコートに合わせた手袋でジャケットをつつかれてまた笑う。仕事中に使う相手を安心させるための笑顔だ。あぁ、と軽く頷くとさっきの吹雪に負けないくらいにこりと笑った女が腕にしがみついてきた。 「じゃあ!私この人!」 その瞬間吹雪の身体がびくりと震えた、しかしその身体には既にもう1人がしがみついている。そう言う所が駄目なんだ。俺は小さく首を振って肩辺り揺れる頭に話かけた。 「どこか店にでも入るか?」 きらきらと雪に負けない程輝いたこの笑顔が、あと数時間もしたら獣のように欲に濡れ汚れるのだと思うと背中に走った物は悪寒やただの寒さではなかった。 幸い集合場所が俺の職場近くだったので都合の良いバーを知っていた俺は顔色の異なる2人と1人を連れてそこの扉を開いた。そのまま待つ俺にレディファーストを装った吹雪が近づいて来る。 「どういうつもりなの。」 「たまにはこういうのもいいだろ?」 「信じられない、恋人の前で他の女といちゃつく気?」 「その逆でもいいんだが、」 「ふざけないでよ!」 だんっと扉が雪を引きずったせいで濡れた地面を吹雪が叩くように踏みつけた。 「吹雪くん?」 騒ぎを聞きつけた吹雪のお相手の女が、私の出番だと言わんばかりに出しゃばる。腕を絡め取られて軽く引かれても吹雪は俺を睨みつけたままで、俺から言わせればお前がその腕を今すぐ振り払えば済む話だと思うんだが、なぁ? それが出来ない吹雪士郎は薄暗いラウンジへ鋭く光る目を細めたまま連れて行かれた。 女2人を挟んで座るとそれぞれの時間が始まる。カクテルを飲みながら女の話に相槌を打ち、でもその内容は頭に蓄積されることはない。きっと女の顔もカクテルの味すら 俺は忘れる前に知る気もしないだろう。 新鮮な距離の吹雪の横顔はもう駄目だ、あれは酔っ払ってる。それでも吹雪を自慢げに見つめるあの子は少し厚かましい。 「聞いてる?」 視界の下の方から聞こえた声に頷く。そう言えばまともに視界にすら入れてなかった、そう思って目を合わせると、火照った頬に負けない赤が弧を描く、やばいと思った時にはネクタイが引かれて首がきゅいと鳴った気がした。カクテルと甘ったるい香水の匂い、嫌いだった。見開いた視界に映るのは俺以上に目をまん丸に開いた吹雪だ。 かたり、 「吹雪くん!?」 「触るな!」 ばたばたばた、どしん!店内が揺れるほどきつく閉められた扉は吹雪の心に繋がる気がして、俺は財布から万札を取り出し握らせると走って吹雪の後を追った。 「吹雪!」 「来るな!」 誰だ、吹雪に走りを教えた奴は。勝手に舌打ちが出るくらい吹雪は速かった。雪が顔にぴとりと抱きついて向かい風がそれを冷やす。ジャケットもマフラーも抱えたままだからより寒い。そんなことより吹雪のコートは俺の手の中にあって俺は吹雪が同じように寒い思いをしているだろうことが気になった。いくら北国生まれでも東京の雪は固く溶けやすい。あと少し、自分のマフラーに邪魔されながら伸ばした腕はつるりと滑った吹雪を無事に掴んだ。 「吹雪、」 「離せよ!離せったら!」 吹雪がそう叫ぶのでぱっと手を離すと吹雪はそのまま転けていった。どしゃり、ああ冷たいだろうな。他人事を喜びながら吹雪の上にコートとマフラーを返した。自分もジャケットを羽織ってマフラーを巻く。その間吹雪はちっとも動かなかった。 「吹雪」 そう言って手を伸ばすとありったけの力で叩かれる。生意気じゃないか、俺の手は叩けるのか。 「吹雪、帰るぞ。」 「勝手に帰りなよ。」 ぽつり雪に紛れてアスファルトに染み込んだ声がもっと他の内容だったなら俺はその通りにしたかもしれない。でも、 「お前を置いてはいかない。二度とだ。」 ぐずり、吹雪の肩が揺れる。二酸化炭素と呆れとを白く吐き出して俺はもう1度吹雪に手を伸ばした。握り締められた掌が酷く、熱い。 「この酔っ払いが、」 立った吹雪にコートとマフラーを羽織らせた、ぐずりぐすりと泣く吹雪を抱き締める。 「もうあんな女共に近寄るなよ。」 「君に、言われたくないよ。あぁ、思い出した。僕君のこと嫌いだ。」 「キスしたからか、」 「噛みつかれたいの?」 「あぁ、それもいいな。」 「君って人は、」 はぁ、と肩に頭を擦り寄せる吹雪を引き剥がした。ぱちくり目を開ける吹雪の前に掌を差し出しひっくり返す。 「あ、」 俺の指に付いたどっぷりとした赤を見て吹雪が何とも間抜けな声を出す。 「俺がお前以外とキスするわけないだろ。…おい聞いてるのか。」 ごしごしと慌ててポケットからハンカチを取り出して吹雪が拭き始める。いくら吹雪とは言え大人の力で摩擦されたら、痛い。 「ハンカチもぱあになるぞ。」 「いい、さっきの子に貰ったやつだし、捨てるから。」 さっきまで泣いてた姿はどこに行ったのか吹雪がふわりと笑った。うん、これだ。これが吹雪の笑い方だと、俺は頷いてカクテルの甘酸っぱい味のする唇を静かに奪った。 「吹雪、まだ俺のこと嫌いか?」 「まあね、」 「どうしたら許してくれる?」 「まず、帰ろう。君は手を洗って僕は着替えて、2人でおふろに入る。後は君に任すよ狼くん」 笑った吹雪に口付けて手を引くとしがみついてくる。幾ら同じ事をされても吹雪が視界から外れることはない。 (^O^)ゲスが中途半田! |