平安パロ


「修也、」


すっかり弱ってしまった父はそっと俺を呼び寄せてこう言った。


「お前が今から今上、炎巻の宮として私の後を継ぎなさい。」
「そんな…父上!」
「それから今がお前の盛りだと言うのにこんな重荷を背負わせ先立つ父を許せよ、そして盛りの今だからこそその秘めし恋への情熱を枝分かれさせることなく…」


「だだ1人だけ愛せる正室を探しなさい。か」


満開の時期を終え散り行く桜の花びらよりずっと先にそう残した先帝が逝ってしまわれた。雪がすこし積もる凍てつく冬のことだった。


「何を考えておいでなの?お兄様」
「夕香、いや別に何も」
「ふふ、隠さなくてもよろしいのよ。お父様の四十九日ももう終わるしそろそろ女御達の元に伺いたいのではなくて?」
「まだ兄には決まったお相手がいない事を信じてはくれないのだな」
「まぁ、北の方がおられるじゃない。」
「秋は、慌ただしく帝の位に就くことになった俺が独り身では格好がつかないから無理矢理結婚したにすぎない。秋にだってずっと思い続けている人がいるんだ。俺の入る余地なんてとてもないよ。」
「お兄様はまだ14、普通なら摂政がつくお年なのに1人で国を知らすばかりでなく詩歌から武道から管弦まで京でお兄様の右に出るものはいませんわ。京だけじゃない国中のおなご達がお兄様に憧れ、文を今か今かと待っておられるのよ?それなのにお相手がいないだなんて。少し失礼じゃなくて?」
「夕香、」
「なあに?」
「見てごらん桜吹雪がこんなにも綺麗だ。今日が晴れ渡る晴天で風も暖かく優しいからこそ早々に散し切らずに済んでいるのだ。けれど時折強く乱れるおかげで舞う花びらのなんと綺麗なことだろうか。きっと空の色が海の色から暁色、濃紺へと染まり変わったとしてもこの桜吹雪の美しさが変わることは無いと思うよ。」
「ふふふ」
「夕香?」
「お兄様はきっと誰かを想い紅く焦がす愛を持つあの方より桜吹雪のように心を乱され目が離せ無くなるような方が好みなのね。困った人だこと。」
「あぁ、そうだね。だから少なくとも今日1日はこの桜吹雪を見ていたいんだ。兄を匿ってくれるね?」
「はい、よろこんでお兄様。」


ふわりとしかし夏にさく向日葵のように大胆に笑った夕香はそのまま奥へ戻っていった。少し冷たい冬寄りの風がまって桜吹雪が舞う。そっと瞳を閉じれば思い出すのは何時だって桜吹雪の君。吹雪士郎。