まぶたの隙間から潜るひかりは白く、優しい。
 金属が触れあう音、でも、鎖ではない。誰かの話し声。笑い声。布の擦れる音。
 
 ここは、わたしは……。

 はっと、わたしは目を開けた。清潔で白い天井が広がっている。まるで映画のワンシーンにいきなり投げ込まれたような気持ちで、わたしは、困惑と安堵に浸りつつ、しぱしぱと瞬きを繰り返す。静寂は消えていた。喧しいぐらいのたわいのない音が次々と耳を掠めていく。
 ……夢の……続き……。
 もぞもぞと鈍い動きで身を起こした。体の節々が痛む。カテーテルが繋がれた手首は、青黒い。これは、夢じゃない……。ここはもうあの冷たい箱の中ではない……。病院……。そうだ、病院のカーテンの中……。まだ夢のように現実味がない。信じられない気持ちでぼんやりとカーテンを眺めていると、シャッとそれが開いた。思わず驚きの眼差しを向けると、カーテンを開いた相手も目をまん丸にして、次の瞬間、叫んだ。

「ナマエ! 起きたの!?」

 ゴン、と言おうとして激しく咳き込んだ。涙目になりながら、咽せた。生きていると思った。私は、私は……。途端に、色んな感情がどっと押し寄せ、せめぎ合い、私は本当に泣いてしまった。泣きながらぎごちなく笑う私に、ゴンは満面の笑みで応えた。
 当たり前に生きているという感覚と解放と自由の喜びに、私はあの理不尽で未だに理解が追いつかない空白の時間を忘れて、ぴいぴいと泣いた。お医者さんや看護婦が来て、色んな質問をされた。
 私の名前、年齢、職業……。ハンターライセンスの番号まですらすら言えて、医者は満足そうに頷いていた。
 だけど、警察とハンター協会の人に監禁されていたこと、その前後のことを尋ねられた時、何一つ言葉が出てこないことに気づいた。体の方はすぐに良くなるが、どうやらショックで記憶が失われているらしいと看護婦に告げられた。精神的なダメージを被った人間にはよくあることだそうだ。あれだけ長い間、閉じ込められていて何も覚えてないなんて、そんな馬鹿な、と私は思ったけれど、何を食べさせられ、それを与えた男がどんな顔をしていたのかすら、今の私には思い出すことができなかった。長い間……? 自分がどのぐらいの時間、あそこにいたのかすら分からなかった。
 今になってはそれが夢だったかのようで。

「無事で安心したよ」
「ゴンやキルアだけでひやひやすることが多いっつーのに、どでかいのぶちかましてきて心底びっくりするぜ。なぁ?」

 数日後、ゴン以外のメンバーも私の発見を機に集まった。懐かしい面々だ。クラピカがベッドの脇で穏やかに笑う。レオリオが「どでかいの」発言と共に、げっそりした顔でネクタイを緩ませる仕草をする。キルアが「ひやひやするってなんだよ」と、澄ました顔でレオリオに文句をつける。
 私は平生を取り戻して、今では病院のテレビ相手に大笑いできるようになったし、もりもりご飯も食べられるようになった。本当にあれは、夏の蜃気楼だったのではないかと首を傾げたくなる。警察は何も掴めなかった。というのも、今回の事件は念能力者が関係しているらしい。それを踏まえて、また、協会員が攫われたとなって、ハンター協会も調査を行ったらしいが、私の監禁事件について有力な情報は掴めなかった。強いて言うなら、あの部屋も鎖も特殊なもので、犯人は恐らくその手のコネと金を持っている人間……そして、念能力を知っている人間だろうと言っていた。
 本当にあれは……何だったのだろうか。
 私を監禁して何をしたかったのか、分からない。ただ、白い紙にぽつりと落とした黒いインクのように、私の中に小さな染みを残しているのみ。

「そういや、キルア、どこに行ってたの?」

 ゴンがふと尋ねる。そういや、私を見つけ出したのはゴンとキルアなのに、ここ数日、ベッドの横の椅子に座ってたのはゴンだけだ。
 キルアはふっとゴンを見ると、それからちょっと顔をしかめて「あのなぁ」と繰り出した。

「ハンター協会のやつも、警察のやつもオレが対応してたの忘れたのか? ゴンとナマエがテレビ見てわいわいやってる時、オレは下で質問づくしってわけ! 『犯人に心当たりありますか?』とか、終いには『最近はどちらで何をしてましたか?』ってオレまで容疑者扱い! まじムカツク。結局、何も進展ねーし。地方新聞の隅っこにちょろっと載った程度だし」

 腹立たしげなキルアに、ゴンが苦笑しながら「ごめんごめん」と頭を掻いた。ふと目が合ったクラピカがふと、「無事で安心したよ」と言って何気なく私の手の上に手を重ねようとした。それよりも先にキルアの手が私に伸びた。肌理の細かい、ちょっぴり低い温度の肌がわたしに触れる。すこしだけ、私の手よりも大きな手。視界の隅で、クラピカの手が躊躇いの後、引っ込められるのを見た。
 キルアは何も言わなかった。何かを逡巡するような眼差し。何かの形容できない感情がその目に、口端に、少しだけ神経質そうに寄せられた眉に、巡る。キルアとは長い間、一緒にいるけれど、こうやってキルアがはっきりとした親愛を込めて触れてくることは珍しいから、私は少しだけ自分の心臓が速くなるのを感じていた。

「心配かけんなよ」
「うん」

 青い眼はまだ何か言いたげに向けられていたけれど、すっと体温は離れた。
 遠慮がちにカーテンを捲った看護婦が「退院許可下りましたよ。明日、退院していいそうです」と微笑んだ。

「良かったな」

 キルアが言う。

「……月」
「え?」

 脈絡無く、自分の唇から溢れた言葉に戸惑う。ごめん、なんでもない、とそれを取り消すように言葉を濁してから手首の痣を見つめる。何かがざわめく。
 何かが一瞬、繋がってそれから崩壊したが、それが何なのか私は分からない。


夢幻と色彩





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