鉄の箱。冷たい箱。
 冷たさは浸食する、どこまでも、ずっと。コンクリートの部屋にあるのは、空になったプラスチックの皿、私、それと静寂。換気のためだけにあるような、細い長方形の窓には鉄格子。私の腕には鎖。念は使えない。なぜか分からない。
 いつからここにいるかなんて知らない。どのぐらいここにいるかも知らない。何も知らない。知らない。どうしてここにいるのかなんて、知らない。
 知らない男が私に食事といえない代物を与える。痩せていて不健康な顔つきをした男だ。目が血走っていて、薄い唇は少し歪んでいる。いつも何かに怯えた表情を見せ、私に関わりたくないと言わんばかりに、食事を皿に突っ込んだ後、そそくさに立ち去っていく。初め、錯乱していた私はこの男が私を監禁した張本人だと思い、鎖を引きちぎらん勢いで彼を襲おうとした。振りかぶった拳は鎖が引き留めた。この時、私は自分が念を使えなくなっていることに気づいた。男は、私の反抗に驚きふためき、錯乱した私以上に半狂乱となり、私がぼろぼろの毛布みたいな様子で這いつくばって丸まるまで、殴り、蹴った。
 ――私を監禁したのは、この男じゃない……。
 漠然とそう思った。それ以外は何も分からなかった。
 ……冷たさは浸食する。
 月のひかり、窓格子から侵入する銀色。繋がれた手首は青黒い痣でいっぱい。鎖に彫られた知らない文字。
 限界だ。
 気を紛らわそうと物音をたてても次の瞬間、さらに静寂が深まるだけだ。
 ただいたずらに時間がすぎていく恐怖と、気が狂いそうなほど空っぽの空間。
 冷たさは足元を駆け上がり、臓腑を満たし、思考を散らす。人は、どこまで耐えることができるのだろうか。
 例えば、時計のない時間の経過に。
 何もない空間に。
 消失の感覚に。

 ……壊れるという感覚、を、私は知っている。
 ……むしろ、叶うなら、本当に狂ってしまいたい……。

 ……皿に乗せられる粗末な食事……。

 ……名も知らない男は、何も答えてくれない……。

 ……頭が痛いほど、ぼうっとする……日中は寝ているだけだから……。


 ただ月を見ている。
 不確かな夢だけが私の救いだ。ドアが開く音がする。ゴンの声がする。月の色……、銀色の髪……キルア。夢? ゆめ……。



月痕と包帯




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