ひょっとしろ運命 | ナノ
 
「結構、遅くまでバイトしてるんすね」
「今日はたまたまだったんですけど。お金はあって困ることないし、稼げる時に稼いでおかないと」
「…でも、危ないっすよ。こんな時間に女の子がひとり歩きとか」
「や、そんな、大丈夫ですよー。こんなちんちくりん誰も襲いませんて」
「そういう問題じゃないです」

大体こんな感じのやり取りがあったあと、なぜか私は高峯くんにひどく怒られてしまった。そして、済し崩し的に『次遅くなるときは高峯くんに連絡する』という約束をさせられることになった。
連絡したら、彼はまたあの日みたいに迎えに来てくれるのだろうか。私としては願ったり叶ったりだけれども、彼氏でも無いのにそこまで気を遣ってもらうのは、なんだかとても申し訳ない。
(でも)高峯くんの言葉に私がしぶしぶ頷いたとき、彼は心底嬉しそうに、へにゃんと眉を下げて笑っていた。その顔を思い出すと、私は毎度心臓のあたりがきゅうっとしてしまうのだ。まったく罪な男の子である。



そんなことを考えているうち、ぴこん、と電子音が鳴った。
慌ててスマホを確認すれば、通知されたのはさっきまでしきりに頭に思い描いていた男の子の名前。

《オムライスが食べたいです》

突拍子もない文面に、はて、と首を傾げる。
ふと顔を上げてさっきから垂れ流しにしていたテレビのバラエティー番組をみると、ちょうど『大流行!三ツ星シェフも認める絶品オムライス』という特集をやっているところだった。高峯くんも、同じ番組を観ていたのかもしれない。

《どうしても、オムライスが食べたいんです》

どう返信したものかと考えているうちに、ダメ押しのメッセージ。
そういえばこのあいだ、うちの大学のオムライスが美味しいとかなんとか話をしたような気がする。
「それは、食べに行かないとですね」高峯くんは言っていた。話の流れからてっきり二館のハヤシライスのことだと思っていたのだけど、もしかして、彼はものすごーくオムライスに目がなかったりするのだろうか。
件のオムライスがある一館の食堂は、混雑を避けるため、一応は学生専用ということになっている。が、そんなにまで彼が食べたいと言うのなら、多少のルール違反に目を瞑ってでも私としては快く送り出してあげたい。
別に、逐一学生証のチェックをしているというわけでもないのだ。あの子は大人っぽいし、私服なら大学に潜り込んでいても違和感はない。……でも万が一何かトラブルに巻き込まれたら責任は取れないし、(あ)

《じゃあ、私と一緒に行きますか?》

ううむ、と頭を捻っているうちに、ぱっと思いついてしまった。それは彼にとって、というよりも、私にとって非常に都合の『良い案』なんだけれども。

《ぜひ》《よろしくお願いします》

すぐさま送られてきた返信に小さくガッツポーズをすると同時に、少し後ろめたい気持ちになる。
多分、高峯くんには全然そんなつもりはないんだろう。なかったと思う。けど。
ずるい私はそれにちっとも気がつかないふりをして、彼をごはんに誘ってしまったのだ。



☆ミ



二限の語学がおしてしまい、小走りで待ち合わせ場所へ急いだ。事前に示し合わせたとおり、彼は校舎を入ってすぐの電光掲示板の下に立っていた。
背が高い上、あれだけ格好良いので、当然通りすがる女の子たちはみんな高峯くんを振り返っている。
私、いまからあの綺麗な男の子を迎えに行くんだ。

「た、たかみねくん!」

少し離れたところから声をかけてみれば、私の姿に気付いたらしい彼はぽやぽや笑いながら小さく手を振ってくれた。



「なんか、すみません。無理言っちゃって」
「や、そんな!土曜日は私、仲良い子と違う授業取っちゃってて、いつもお昼一人なので」

大方の予想通り、高峯くんは特に怪しまれることもなく、普通にオムライスを注文することが出来た。
窓際の席にお盆をふたつ並べて、嬉しそうな彼の隣へちょこんと座る。(よっぽどオムライス好きなんだなぁ)でも、本当ならここにいちゃいけないはずの男の子と一緒にお昼ごはんを食べるなんて、なんだか秘密の逢瀬みたいでドキドキだ。

「い、いただきます」

いつものように顔の前で手を合わせる。すると高峯くんは一瞬きょとんとして、それからふふっと笑うと私と同じポーズを取った。
な、なにかおかしかったでしょうか!

「…いや、なんでもないです。いただきます」

なんだか少し納得がいかない、けれども。彼がなんでもないと言っているのだから、きっと本当になんでもないんだろう。そう気をとり直して、ひとまずは目の前のごちそうに向き直った。
ふわふわのオムレツにゆっくりとスプーンを入れる。赤いごはんと黄色いたまごの間から、とろとろチーズが溢れてくる。はあ、と多幸感に息を吐いた。このチーズがたまらないのだ。

「……小町さん、」

見れば隣の高峯くんも、目をきらきらさせながらお盆の上の『チーズインオムライススペシャル』を見つめている。(わかるよ)私も、初めて食べたときはきっとこんな顔をしていたに違いない。

「小町さん、チーズ」
「はい。チーズですよ」
「チーズ……!」

かわいい。



「あれ、風花ー?」



顔を綻ばせる高峯くんを横目に一人にやにやしていたら、唐突に名前を呼ばれてぎくりとする。
「ゆんちゃん」振り返ると、そこにいたのは見知ったカップルだった。ちなみにゆんちゃんというのは私の高校時代からのお友達である。

「なに、どうしたの。男の子と一緒なんて珍しいね」
「あ、う、うん…」

あんまり勢いよく捲したてられたせいか、隣の高峯くんがきゅっと大きな身体を縮めた。意外と人見知りするのかな。巻き込んでしまってなんだか申し訳ない。

「もしかして彼氏?」
「ちっ、ちがうよ!」

鼻息荒く尋ねてくる彼女の肩を押し、慌てて否定する。
彼氏だなんて、そんな、そんな。こんなかっこいい男の子と自分を一緒くたにするのは、高峯くんに対してひどく失礼だ。だいいち年齢差がありすぎるし。高校生をたぶらかしてる、なんて思われたら、私はたちまちお巡りさんに捕まってしまう。

「た、高峯くんは、ただの…お友達?です」

そんな気持ちを知ってか知らずか。居心地悪そうに黙々とオムライスを食べている高峯くんとあわあわしている私とを見比べて、一瞬「ピンときた!」みたいな表情を浮かべたゆんちゃんは、やがてにんまり笑いながらこう言った。

「……高峯くん、来週の日曜日って空いてる?」
「なっ、」

制止の言葉は声にならない。
本当のところ、鉢合わせしたときから、なんとなくこんなことになるんじゃないかとは思っていた。彼女はいつもこういうところですごく勘が鋭くて、それでもって、すごくすごく私に優しいのだ。
今、絶対に何か察された。そして気を遣われてしまった。

「彼氏が引っ越しを考えてるんだけど、作業の男手が足りなくて。もしよかったら来てもらえませんか?」



こうして私は、「バイトをお休みしたいです」と初めてのお願いを店長にするはめになったのである。 
 
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