ひょっとしろ運命 | ナノ
 
「小町さんは、大学生さんですか?」
「はい。大学生さんですよ」
「…なんか、すごいっすね」

下手に知り合ってしまっている手前無言になるのも気まずくて、とりあえず思いつくまま言葉を交わす。これがよくなかった。
なんかすごいってなんだよ。ふわっとしすぎだろ。もうちょっと、気の利いたこと言えただろ。これじゃ小町さんも返答に困る。
――きっと困ると、思ってたのに。

「…ぶ、っ、あはは」

彼女は笑った。
おすまししているわけじゃなく、だけど品が無いって感じでもない。心の底からおかしくてたまらないみたいな、がまんしてたのについ出ちゃったみたいな、そういう年上の女のひとの笑い顔。(かわいい)なんとなく、俺が最近ハマっているゆるキャラに似ていた――見た目とかじゃなくて、なんというか、雰囲気が。
気づいたときには柄にもなく連絡先なんか聞いてしまっていて、はっとした時にはもう遅い。会ったばかりでがっつきすぎたんじゃないかとか、小町さんに引かれたらどうしようだとか、ネガティブな感情ばかりがぐるぐると渦を巻く。

《いま何してますか》

けれども、あれから一週間。「大学ではどんなこと勉強してるんですか」「今日はごはんなに食べましたか」何かにかこつけてそんなくだらない文章を送りつける俺へ、彼女は毎回律儀にメッセージを返してくれていた。喋っている時と同じ丁寧な言葉遣い、しかもキャラクターのスタンプ付き。

《おれは明日バスケ部の朝練があって》
《ちょっとだけ、ユウウツです》

送信ボタンを押しかけて、少し考える。

《大会も近いので、張り切ってます》

一旦消してそう打ち直した。特に深い意味はない。と思う。たぶん。



☆ミ



この一週間で分かったこと。彼女の名前が小町風花さんであること。近所の大学に通う三回生で、今は学校の先生になるための勉強をしていること。好きな食べ物はきんぴらごぼう。家族構成は両親と弟さんが二人。
自分にこんな積極的な一面があるなんて知らなかった。毎日連絡を取り合うのが義務みたいになってる恋人関係って正直面倒だし、アホみたいだと思ってたし。たったひとりの女の子のことをこんなに知りたいと思う気持ちとか、送信ボタンを押すたびに消費する勇気とか。そういうものが、無駄に大きな俺の身体にも、ちゃんと備わってたんだなあって。

(……既読つかないな)

流星隊のユニット練習が終わってすぐに俺が送ったメッセージは、帰宅して夕食と風呂を済ませた今になっても読まれた気配がない。
スウェット姿のままベッドに寝転がりながら、ぼんやりと天井を仰ぎ見る。いつの間にか、時刻は22時を少しばかり回っていた。

(こんな時間まで、バイトかな)

さながらストーカーのような思考回路に気づいて、肩を竦める。
そのあとでふわふわと、小町さんの人当たりのよさそうな笑顔が頭に浮かんだ。

「……あ、ワックス」

いつも使っている整髪料が今朝ちょうどなくなったことを思い出して呟く。
明日も学校だというのに、寝癖が直らない髪のまま家を出るのはなんだかみっともなくて鬱だ。この時間じゃ薬局もとっくに閉まっているし、これから買い物に出るにしても行き先は限られている。

――そうだ、コンビニ、行こう。

本当は俺だってこのまま、だらだらテレビを観ながら寝たかったのだ。不可抗力ってやつ。だから、断じて他意はない。
誰に聞かせるでもない言い訳をひとり並べながら、俺はスウェットを脱いでTシャツとジーンズに着替えた。 
 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -