ひょっとしろ運命 | ナノ
ぴんぽーんとお馴染みのメロディと共に自動ドアが開いた瞬間、それまでどうにかひと纏まりになっていたスチャラカ変人集団が思い思いに店内へ駆け出していく。鉄虎くんはホットスナックのケースの前、隊長と仙石くんはお菓子売り場の食玩の棚。
うちのユニットのメンバーって、どうして揃いも揃ってこんなに落ち着きがないんだろうか。ここは単なる学院最寄りのコンビニエンスストア――のはずなんだけれど、そのはしゃぎっぷりはさながら某ネズミの国のテーマパークといったところだ。
一方俺はといえば、そんなふうにそれぞれ楽しげな後ろ姿を、入り口付近に立ち尽くしながらぼんやりと眺めているだけ。
「ここには、『おさかなさん』はうっていないのでしょうか……?」
思わずため息がこぼれた。
相変わらず、深海先輩の思考回路は凡人には理解不能だ。その呟きに無言で頷きつつ、旋毛から爪先まで余すところなくずぶ濡れ状態のまま店内へ入っていこうとする彼をそっと手で制す。
「翠くん!ちょっと来てほしいでござる〜!」
かなしそうに眉を下げる深海先輩のことを少し気の毒にも思うけれど、水浸しになった床を後々掃除させられるであろう店員さんの苦労を思えば、やっぱり俺にはどうすることも出来ない。
「お土産買ってきます」とだけ告げてしぶしぶ外へ置き去りにし、気を取り直して仙石くんのいるお菓子売り場に足を向けた。
「見て見て!これ、新しいニンニンジャーのフィギュアが付いてるでござるよ!」
きらきらと目を輝かせながら彼が指差した棚には、確かに新製品らしい戦隊物のオマケ付きチョコレートがうず高く積み上げられている。しかも随分とバランスが悪そうだ。
よっぽど興奮しているのか、ぴょんぴょん飛び跳ねながら一番上に乗っかった箱を取ろうとしている仙石くん。正直言って、ヒヤヒヤする。
そのときだった。
「む、どうしたどうした!何を二人でそんなに騒いでいるんだ!?」
少し離れたところで別の玩具菓子を漁っていた守沢先輩が、ここが狭い通路の真ん中であることなどまるでお構いなしに突っ込んで来る。
いやな予感は当たるものだ。最悪の展開が頭をよぎった刹那、振り上げた隊長の腕がどん、と勢いよく仙石くんの右肩にぶつかり、小さな身体がよろめいて――
「あっ」
ばらばらばら。
掠めた指先が、チョコレートの箱をひとつ残らず床にぶちまけた。
「……か、か、かたじけないでござる!」
「だ、大丈夫だぞ仙石!すぐに片付ければ、きっとお店の人も分かってくれる筈だ!」
顔を真っ青にして今にも泣き出しそうな仙石くんと、それを宥めながらおろおろしている守沢先輩。視界の端で事態に気付いた鉄虎くんが店員さんを呼んでくれたのが分かったので、俺はとりあえず散らばったそれらを出来る限り拾い集めることにする。
コンビニに買い物に来ただけなのに、どうしていちいちこんなふうにトラブルに巻き込まれるんだろう。(鬱だ…)ぼんやりとそんなことを考えていると、誰かが傍らにしゃがみ込んだ気配がした。
「あとはこちらでやっておきますから、そのままにしておいてもらって大丈夫ですよ」
柔らかいソプラノに、ぱっと顔を上げる。
見覚えのある黒い制服を着た女のひとが、俺に向かってふにゃりと笑った。
「や、散らかしたのは俺らなんで…」
(やばい)思わず目を逸らし、咄嗟に手近な箱を掴む。するとタイミングを同じくして横から伸びてきた指先が俺のそれに重なって
「あっ…す、すいません!」
「い、いえ!こちらこそ!」
気がついたら、お互いに謝っていた。
(なんだ。これ)
心を無にするようなるべく意識しつつ、素早く床を片付けていく。でなければ、思い出してしまいそうだったからだ。
「……ダメになっちゃったやつとかあれば、ちゃんと買いますんで」
心臓の音が速い。
女の人の手って、あんなに柔らかいんだなあ。普段夢ノ咲学院で野郎ばかりに囲まれながら生活している自分には、少々刺激が強すぎたのかもしれない。
「本当に、大丈夫ですよ。見たところ、箱に凹みも無いみたいだし…」
彼女の口調が余所向きのそれであればあるほど、焦燥感は募っていく。あくまで『仕事』をこなしているに過ぎない親切な店員さんの顔をまともに見ることさえ出来ず、ポケットにささったピンクのボールペンをまじまじと見つめた。(あ)
「可愛いペンですね」
「え?…あっ、これ」
『どこうさ』。いつも首から太鼓をぶら下げているという、少し変わったうさぎのキャラクターだ。寂しさで死んでしまう小動物とは思えないほど一心不乱にスティックを振り回す野生的な姿がギャップを生み、最近マニアたちの間で密かなブームになっているゆるキャラである。そのマスコットが、彼女の所作に合わせて胸元でゆらゆら揺れていた。
「ありがとうございます。キャラクターものとか普段はあんまり買わないんですけど……なんかいいですよね、このうさぎ」
私物を褒められたことで気持ちが緩んだのか、彼女の口調が僅かに砕ける。
さりげなさを装って確認した顔写真入りの名札には、『小町』と大きな文字で書かれていた。
☆ミ
「仙石くん、いい加減に元気出すッスよ〜」
「しかし……みんなに迷惑をおかけした挙句、後始末まですべて高峯殿にやらせてしまうなんて拙者は、拙者は…」
お世話になった彼女へ謝罪の意味も込めて紙パックのジュースを六人分買い(もちろん会計は守沢先輩持ちだ)、その内のひとつを渡して店を出た。それからというもの仙石くんはずっとこの調子だ。
「本当に、もう大丈夫だよ。そういう話なら今回は隊長だって何の役にも立ってないわけだし」
言いながら視線を送れば、守沢先輩はばつが悪そうにぐっと喉を詰まらせている。むしろいつもうるさい隊長がようやく静かになってくれて、今は少しだけ良い気分だった。
「……みどり、なんだかとっても『いいこと』があったみたいですね?」
ずず、と音を立てて吸い込む。いちごミルクなんて普段だったら絶対選ばないけど――『小町さん』は好きだろうな、と思ったから。
「これ、よかったら」差し出した紙パックを前にしばらく目をぱちくりさせたあと、「ありがとうございます」そう言って笑った彼女の嬉しそうな顔。
「はい」
誰かのために何かしたいだなんて今まで考えたこともなかったけど、あんなふうに感謝されるのは案外悪くない。
(ヒーロー、かあ)
なんとなく守沢先輩の気持ちが分かった気がした。