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「秋祭りに行きませんか」
「はい?」

私がプロデュースを担当している流星隊の一年生、高峯翠くんは、そのハイスペックすぎるプロフィールに反して非常に『アイドル』という仕事へのモチベーションが低い。何でもアイドル科へは望んで入ったわけじゃないらしいけれど、ユニットの活動実績は個人の成績に関わってくる為、「恥ずかしい」だなんだと逃避している暇もあまりなかった。郷に入りては郷に従え。けれどプロデューサーとしては、どうせなら嫌々より楽しくステージに立って欲しい気持ちもある。
そこで最近導入したのが、所謂「ご褒美」制度というやつだ。身長178センチ、趣味はゆるキャラ集め……という彼のために、私は「ご褒美」と称して中途半端なキャラクターの絵を描き、ぬいぐるみを製作し、きぐるみを着る。高峯くんは精一杯アイドルとして己の役割を全うすることで、それらの報酬を得る。そんなウィンウィンの関係が、ここ暫く続いていた。けれど。

「秋祭りに行きませんか」

確かに彼はそう言った。
つい先日学院外部で行われた大きめのライブイベントが無事成功し、私は「今回のご褒美どうする?」といつものように高峯くんへ訊ねたところだった。
イラストか、ぬいぐるみか、着ぐるみか。けれどそんな私の予想は遥か斜め上方向へ裏切られ、代わりに彼の口から飛び出したのはなんとびっくり!――デートのお誘いだったのである。

「き、着ぐるみでお祭りはちょっと…」
「んなわけないでしょ」

いまいち真意を図りかねてとんちんかんな返しをしてしまった私に至極冷静なツッコミを入れた高峯くんは、どうやら冗談を言っているわけではないらしい。ハテナマークが大量に浮かんだ頭へぽすんとへろへろのチョップをお見舞いし、それから呆れた様に笑う。

「おしゃれして来てくださいよ。どうせ商店街の近所の神社でやってる、ショボいやつですけど」

男と女が。二人で。めかしこんで。お祭り。
そういう行為を一般的に何と言うのか知っていますか?デートです。私と。高峯くんが。デート。

「なんか頭痛くなってきた…」
「えっ」
「あっ、ごめん、こっちの話」

彼氏いない歴イコール年齢の私に比べれば遥かにそういった経験の多そうなイケメンが、まさか気づいていないとは考え難いけど。例え高峯くんにこれっぽっちもその気がなくたって、年頃の男女が二人で並んでいたら周りは大抵カップルだと認識するものなのだ。
「私でいいの?」本当なら、そう聞くべきだった。聞くべきだったのに、聞けなかった。
(一日くらい、夢見たっていいよね)邪魔をしたのはそんな私だ。彼がこのまま事の重大さに気づかず、ほんのちょっとだけでも私の隣を恋人同士みたいに歩いてくれたらいいのに、なんて考えている、とても浅はかで卑怯な私。皆まで言わずとももう分かるだろう。
――私は高峯くんに恋をしていた。



☆ミ



あまりにも早く着き過ぎてしまった気がする。
待ち合わせの時間まではかなり余裕があった。なんだかどうしようもなくそわそわしてしまい、何度も無駄に髪を直したり、履きなれない靴のヒールをコツコツ鳴らしてみたり。我ながらその必死っぷりには憐れみを通り越してドン引きだ。普段は『プロデューサー』なんて偉そうにしている癖に、こういう時いかに自分がただの平凡な女子高生であるかを実感させられる。
言い訳をするようだけれど、だいたい、私は見ているだけで充分だったのだ。あの人一倍格好良くて、人一倍なにかを怖がっている優しい年下の男の子が、いつか自分の持っているきらきらしたものに気づくときが来るのを、ただ見守っていられたらそれでよかった。付き合うだなんておこがましい。思いを伝えようなんて荷が重い。それでも。

(「ご褒美」なんか、他の子には言わないんだよ)

高峯くんにほんのちょっとだけ、私の「特別」をあげたかった。ほんのちょっとのあいだだけでもいいからなってみたかった。高峯くんの、「特別」に――

「あれっ?おねーさん一人?」

――このやろう、今良いところだったのに。
恋する乙女の切ないポエム・モノローグを遮ったのは、明らかに待ち人とは違う知らない男の話し声だ。
むっとして顔を上げれば、目の前に立ちはだかったのはいかにも、という感じのチャラい金髪。お知り合いになった記憶は微塵もないけれど、多分私に話しかけてるんだろうなあ。お祭りの空気にあてられて余程浮かれているらしい。何せ私、これが人生初のナンパであるからして。

「いえ。人を待ってるので、お構いなく」
「またまたぁ。さっきからずっとここにいんじゃん」

見てたのかよ。
散々挙動不審にしていた様子を見られていたのかと思うと、怒りと共に若干の居た堪れなさを感じる。
しかし何だ、この男の目には、私が待ち合わせをすっぽかされた憐れな女とでも映っているんだろうか。彼氏いない歴イコール年齢だからって舐めくさって。モテない女がみんな、声をかければ舞い上がってホイホイついてくるものだと思わないでほしい。
(っていうか、普通にビビってます)金髪の背後にはもう二、三人ほど、似たような格好をした男達の姿が見えた。あまり刺激すると囲まれるかもしれない。
なんとも情けない話ではあるけれど。心の中でどんなに口汚く罵ったところで、ひとたび力に訴えかけられてしまえば女の私ではとても敵わないのだ。

「ちょっとだけ、一緒に遊びに行こうよ。マジ、ほんのちょっとだけでいいからさ」

じりじりと詰まっていく距離。さっさと飽きてどこかへ行ってほしいと必死に視線を逸らすけれど、震える身体はそろそろ誤魔化しきれなくなりそうだった。

「なぁ、聞いてんの?」

痺れを切らした男が苛立ちに任せて私の手を引く。
――その瞬間。

「……」

音も無く傍らから顔を出したのは、なぜかヒーローもののお面を被った正体不明の大男だった。



「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて、ナンパ男が私から手を放す。その隙に、お面男が私を背に庇うようにして間へ割り入った。彼はまだひと言も言葉を発してはいない。が、何せ身長が高いので、こうして無言でじっと見つめているだけでも相当な威圧感があった。

「な、なんだよ……」

後退る金髪に、尚も無言のまま近づいていくお面の君。

「なんなんだよぉ!」

そうしてついに、悪しきナンパ男は仲間共々すごすごと逃げ帰っていきましたとさ。



(ひゃー……)あっという間の出来事だった。
ほっと胸を撫で下ろし、立ち尽くしたままのお面ヒーローの背中を見つめる。固く握り締められたその拳が震えていることに、最初から気が付いていた。
だって、私は彼の素顔を知っているのだ。

「……高峯くん?」

名前を呼んだ瞬間に走り出す、その姿はさながら脱兎の如く。すごい速さで勢いで人混みの中へ消えていこうとする背中を大慌てで追いかけた。
すれ違う祭客に時折肩を押されながらも、見失わないよう必死でついて行く。こんなことなら張り切って慣れないハイヒールなんて履くんじゃなかった。地面を蹴るたびよろけそうになるのをどうにか踏ん張って、交互に繰り出す右足と左足。

「わっ、!」

ようやく人波をかき分けて拓けた場所へ出られたと思った途端、ばきん!と足元で大きな音がした。それは私の靴のヒールが無残に折れた音で、ついにバランスを崩した身体は勢いよく地面へ倒れ込む。
ざわざわ。人の声がやけに遠くに聞こえていた。みっともない。恥ずかしすぎて、まともに顔も上げられない。
(高峯くんの姿も、もうとっくに見失っちゃっただろうし)転んだ拍子に擦り剥いた膝がずきずきと痛む。
そんな私の前に、手が差し出された。

「……え、」

大きな手のひらは何か言う前に私の腕を掴み、そのまま強い力で引っ張り上げた。
今日初めてきちんと正面から向き合ってくれた男の子はお面を被っているのになんだかおかしなほどもじもじしていて、滲んだ涙も思わずひっこんでしまうくらい。

「……ありがとう。高峯くん」
「高峯くんじゃないです。おれ……おれは、おまつり戦隊ワッショイグリーンです」

折れたヒールを拾いあげながらすぐにばれる嘘を吐く高峯くんはかわいい。高峯くんはやさしい。
ここはステージの上じゃないけど。私の大好きな高峯翠くんは、今日もこんなに格好良い。

「じゃあ、ワッショイグリーンさん。ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」

ヒーローのお面に向かって手を伸ばしてみても、彼はもう何も言わなかった。
日はとっくに落ちて辺りは真っ暗。それなのにこちらをみつめる高峯くんの顔が、今の私には不思議なほど赤らんで見える。「私、どうやらデートの約束をすっぽかされちゃったみたいで」

「よかったら慰めてくれませんか?」

さっきまでの勇ましい様子とはまるで別人みたいだ。
ぎゅうっと眉を寄せて、口をへの字に歪めて。

「…ワッショイグリーンは、もう帰りました」

おれはたかみねみどりです。
少し拗ねたような口調で持っていたお面を取り上げると、その陰に私を引っ張り込んで――それから、ちゅっとやわらかいものが唇へ触れた。 
 
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