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華の金曜日。週末の予定は今のところないけれど、出来ることならロマンスを所望。
大学の友人に合コンのお誘いを持ちかけられたのは今回が初めての経験だった。彼氏なんて別に無理して作るものじゃないとは思うけど、たまには目新しい面子で食事するのも楽しいだろうし。
「名前って男っ気ないよね」とはその友人の談だ。言われてみれば生まれてこのかた、私は恋愛らしい恋愛をしたことがない。というか

(『隣』はいつも決まってたからなぁ)

普段より派手なメイク、セールではなくプロパーで買ったおろしたての服。端から見れば大差ないのかもしれないけれど、物心ついた頃より辛辣でスマートな幼馴染みから女子力が低いと罵られ続けてきた私には、悲しいかなこれが精一杯だった。
――さあ、こんなヤワな装備で、何かが始まるっていうなら始まってみろ。

ぴんぽーん

そんなふうにひどく投げやりに気合いを入れたところで、インターホンに呼ばれた。宅配の荷物が届くような予定はないけれど、だからといって無視するのもちょっと気が引ける。
悩んだ末に結局、髪の毛のセットもそこそこに玄関まで走っていき、ドアノブへ手をかけ――

「はい、どちらさまです、」

扉の向こうに待ち受けていた人物と目が合った瞬間、私は己の軽率さを後悔した。



か、と言い終わる前に閉めようとしたドアの隙間へ、モデルの長い脚が瞬時に割り込んでくる。
これじゃまるで強盗だ、と私が非難するより先に、泉がキッとこちらを睨んだ。
わざわざ確かめるまでもない。これはおそらく、きっと、もしかしなくても

「……ホンット、いい度胸してるよね。あんた」

うん。怒ってるね。



突然の来訪者。瀬名泉。私の年下の幼馴染みである。

「今日は遅くまで撮影だって、」
「そんなの特急で終わらせてきたに決まってるでしょ。どっかの誰かさんが、俺に黙って合コン行く気だなんて聞いたらねえ?」

そんな無茶苦茶な、と思わなくもないけれど、持ち前の恐るべき執着で「あり得ない」を「あり得る」にしてしまうのが、この瀬名泉という男だった。
どんな事情があったとしても、仕事となれば泉は絶対に手を抜かない。今日も今日とて現場でいつもどおり完璧なアイドルを演じた上、尚且つ撮影時間を大幅に巻いて家に突撃してきたのだろうと容易に想像が出来た。恐ろしい子。

「あー疲れた。…ちょっと、肩貸してよ」

私の返事を待つことなくこちらへ覆い被さってくる泉は、「疲れた」という本人の言葉に違わず心なしかぐったりしていた。(無茶するなぁ)こうなると分かっていたからわざわざ言わずにいたというのに、嵐ちゃんも余計なことをしてくれたものだ。
情報の流出元について思索を巡らせれば自ずと導き出される結論。泉の所属するアイドルユニットKnightsで唯一私とも親交のある気の良いイケメンオカマくんは、どういうわけか私の週末の予定をこの恐ろしい幼馴染みにリークしてしまったらしい。

「別に行ったっていいけど。あんまりチヤホヤされてのぼせないでよ。男が興味あるのはあんたじゃなくて、恋愛慣れしてなくてすぐ舞い上がって自分を安売りしちゃう『都合のいい女』なんだからね」

私の肩に顔を埋めたまま、淡々と吐き出される毒。
――いつもこうだ。
中学時代私が男子テニス部のマネージャーに勧誘された時も、高校時代にふたつ年上の先輩から告白された時も、泉は同じことを言った。私が勧誘を断ったあとテニス部は未成年の飲酒喫煙で廃部になって、年上の先輩は私の友達の他に数人の女の子と関係を持っていることがバレてまともな学校生活を送れなくなった。泉はいつも意地悪だけど、その意地悪は全部私のためだった。

「今日、化粧してる?」
「合コンだもん。私だって化粧くらいするよ」

不機嫌そうに眉を寄せながら、顔を上げる。アイロンで巻いている途中だった毛先に指を絡ませて、泉がまっすぐこちらを見つめた。
隠すつもりもないのだろう。だけど、この後に及んで私はまだ、泉の気持ちに気付かないふりをする。(だって、そうでなくちゃ)

「……名前のくせに、生意気」

少し表情が和らいだ。口元へ温かいものが触れた。
ちゅっと押し当てて、すぐに離れる。私のルージュが移った泉の紅い唇。

「俺にしてよ。俺はあんたが先によぼよぼのおばあちゃんになったって、好きでいられる自信あるし」

(こんなこと、もう二度と言って貰えないかも)

その言葉が聞きたくて、今までずっとばかな女のふりを続けていたんだと言ったら、彼はまた怒るだろうか。きっと怒るだろう。だけどそれでも、多分泉は私のことが好きなのだ。
頤に手を添えて、愛を囁く姿は騎士というより絵本に出てくる王子様。ちょっと仏頂面だけど、私みたいな即席のプリンセスにはそれくらいがちょうどいい。

「ねえ、さっさと『うん』って言って。……そしたら、ちゃぁんと幸せにしてあげるから」

めくるめく恋じゃなくてもよかった。
ガラスの靴もカボチャの馬車もない。けれど間違いなく、今日は私の人生で、一番素敵な金曜日だから。 
 
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