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名前先輩の靴を隠した。
その日の放課後。バスケ部の練習を終え、たまたま通りがかったレッスン室に灯りが付いているのを見つけた。中に誰かいるのか様子だけ確認して帰ろうと思っていたら、そこにいたのは名前先輩一人だけ――しかも壁にもたれかかり、三角座りの状態で舟を漕いでいる。
そっと近付いていって隣に腰を下ろすと、こてんと小さな頭が降ってきた。自分でこの状況を作っておいて言うのもなんだが、これでは動くに動けない。
疲れていたんだろうと思う。俺達のために走り回って仕事を取ってきてくれて、決まってからもずっと準備に追われて。
寝不足が祟ったのか、おでこに出来てしまった小さなにきびのことを彼女はずっと気にしていた。俺に言わせればこんなものはただひたすらに先輩の一部で、愛おしさを注ぐ対象でしかないのに。

「アイドル」と「プロデューサー」として俺と彼女を出会わせてくれた世界に感謝している。だけど時々、「アイドル」である自分に腹が立つこともあった。
先輩は普通の女の子だ。だけど、俺と一緒にいたら普通ではいられない。
もっと自分勝手になってほしい。流星隊のファンの子たちみたいにおしゃれしたり、遊んだり、お肌の手入れをすればにきびに悩まされることだってなかったはずだ。あの子たちにそれが出来て先輩に出来ないのは、なんだかとてもずるいことのように思う。けど。

「あれ、みどりくんだ」

一番ずるいのは、そんな綺麗事を並べておきながら結局、こうして先輩と一緒にいる時間を手放せない自分自身だった。

寝惚け眼を隠そうともせず、とろけた声で俺を呼ぶ。先輩のこんなところを知っているのは、俺だけ。
自分が辛いのをどれだけ押し殺しても、一歩みんなの前に足を踏み出せばまた「プロデューサー」の顔に戻ってしまう。俺はそんなこの人のことを、どこにも行かせたくなくて。

「珍しいですね、居眠りなんて」
「んー。帰ろうと思ったんだけど、靴がなくて。どうしようかなってとりあえず戻ってきたら、寝ちゃったみたい」

こっちの心中なんて知りもしないで、先輩はへらへらと笑う。こんな時くらい呑気なふりをしなくたっていいのに。私なんかだめだなあ、だなんてそんな、いくら言ったところで彼女を責める奴なんかこの学院にはきっといやしないんだから。

「よしよし」
「何それ?」
「守沢先輩の真似です」

ちょうどよく手のひらに収まる先輩の頭を撫でるのが好きだ。彼女の身体はどこを取っても曲線的でなめらかで見ていれば触りたくなるけれども、この頭は特に。

「ふふ。こうしてるとなんだか、翠くんの方が歳上に見えるね」

このひとはおれがいないとだめなんじゃないだろうか。
そんなふうに、いつも錯覚させてくれるから。

「おれ、おぶって帰りましょうか」
「ええ。いいよ、重いし。翠くん遠回りになっちゃうし」
「いいから、ほら。上履き脱いで」

無造作に床へ投げ出されていた両足に向かい合った体勢で跨り、俺のものよりふた回り以上も小さいバレエシューズへ手をかける。先輩はびくりと震えて咄嗟に膝を縮めようとするが、流石に高校生男子一人分の体重がかかっていたんじゃそれも叶わない。

「ちょ、まって、みどりく」
「もっと頼ってくださいよ」

だんだん身体を後ろへ下げながら、彼女の上靴を脱がせて、更に紺のハイソックスも脱がす。本当ならすぐにでも足を引っ込めたいのにスカートの中が見えそうで出来ない、そんなジレンマと戦っている先輩の顔を眺めながら滑らかなおみ足へ直接手を添えて、爪先にキスした。

「おれ、先輩の彼氏なんすから」

かああ、と音がしそうなほど急速に、先輩の体温が上がっていく。そうして顔が真っ赤になるほどひんやりしていく足先を、今度はべろりと舐めあげた。

「ひゃっ、ちょっと、やだ」
「ちゃんとお願いしてください」
「そんな、だめだって……っひ」
「翠くん助けて、って言ってください」

俺に、もっとあなたを甘やかさせて。

「み、みどりく、ん!」
「何ですか、先輩」
「き、きらいに、ならないで」

少し意地悪したのを俺が怒っていると勘違いして、子どもみたいに泣き出してしまう。先輩は何も分かっていない。

「……おばかさんですね、先輩は」

どこへも行けないのは最初から、彼女じゃなくて俺の方なのに。



その夜、思わず持って帰ってきてしまった先輩の靴を撫でて、足の感触を思い出しながら一人でシた。バカはどっちだ。死にたい。 
 
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