08 時間外授業


「もーやだ。助けてアサギくーん」
「俺はアン○ンマンじゃないぞユキくん」

数学の教科書を放り投げて喚いたユキ先輩に、アサギ先輩は地理の資料集をめくりながらしれっと返した。

「先輩、ちゃんと勉強してくださいっす」
「だが、断るっ」

キリっと効果音が吐きそうな声で潔くテスト勉強を放棄するユキ先輩。
そう、もうすぐ中間テスト。部活動停止期間のため三上すらいない写真部の部室ではプチ勉強会が開かれている。今回の中間はなかなかに成績に響く。特に三年生は受験勉強の夏を控えているから、特に大事な時期である。はずなのだけれど。

「だいたいさー、この時期にテストってちょっとおかしいと僕は思います! 何だよ体育祭と文化祭の合間って」
「同感だけどおかしいのはテストの時期じゃなくて祭り二つの位置だろ。いくら進学校だからって予定詰め込みすぎだ」

ふう、とため息をつくアサギ先輩。
そういうアサギ先輩もテスト勉強に真面目に取り組むつもりはあまり無いらしく、さっきから同じページをパラパラとめくっては戻っての行ったり来たりである。
ユキ先輩に至っては投げた数学の教科書を拾ったはいいがカバンに突っ込んだ。その代わりに取り出したのは『マンガで読む徒然草』。
俺は即それを没収した。ユキ先輩が「あー! なにすんのシロ!」と抗議の声を上げる。

「先輩に今必要なのは古典じゃなくて数学っス! 数学勉強してください数学!」
「やだ」
「イヤって言ってもですね、センターとか二次とかで数学からは逃げらんないんすよ? 大人しく数学克服に励んでください!」
「僕数学TAならまだマシだもん! センターだとTAにプラスしてUBの代わりに理科総合使うから問題ない! あと僕の受けるとこの二次に数学はない! だから僕は古典の村上先生に褒めてもらうために古典をがんばる!!」
「なんすかその不純な動機!? アサギ先輩もなんか言ってやってくださいよ!」

完全に開き直ってどうしようもないユキ先輩に、助けを求めてアサギ先輩に視線を向ければ、アサギ先輩はチュッパチャップスをカバンからごそごそと取り出しつつ、

「……ま、いいんじゃないのか?」

とどうでもよさそうに答えた。こんなところで地味にユキ先輩の肩を持つのがアサギ先輩という人だ。解っている、解ってはいるのだけれど。

「よくないっす! ……てか失礼ですけどアサギ先輩だって勉強したほうがいいんじゃないすか?」
「あー……俺はー、」
「アサギくんはアサギくんで事情があるからいいの! そんなことよりシロだって英語の見直しちっとも進んでないじゃないか」
「うっ……」

痛いところを突かれ、黙らざるを得ない。
二対一だと分が悪い。

だがしかし俺は椿原さん共々トキワ先輩とうっかり約束してしまったのだ。
なんとしてでもユキ先輩に数学で2ケタの点数を取らせると。アサギ先輩にテスト中問題用紙に落書きをさせないと。
後者は椿原さんが引き受けてくれたが(無理な気しかしないが)、前者は俺の担当なわけで。

はあ、と前途多難な道のりにため息をつき、そんなこんなに至った経緯に思いを馳せた。




それはテスト期間が始まる前日のこと、もとい昨日のことである。
昨日の昨日、つまりは一昨日あんなぼろっぼろになっていた先輩方のケガはやっぱり隠しきれるものではなかったみたいで、三年二組ではちょっとした騒ぎになったりならなかったり。

ならなかったり、というのはどうも、これほどの規模ではないものの、あの二人の先輩がケンカをしてきたようなケガを負ってくるのはどうも初めてではないらしい。

というのは三上経由の情報。
事の発端は燻辺。部活に遅れてやってきた上、ケガをおして練習していたアサギ先輩がどうしようもなく心配なのだと隣の席及び一応関係者である俺に言ってきた。
そこでDSをぱたんと閉じた燻辺の前の席の三上が会話に参入。「ああ、そういや微妙に噂になってるよユキさんたち」と爆弾投下。
いわく、「まあうちの高校進学校だし、必然的に治安いいからああいうのは噂になりやすいんだよね」。

その三上が、俺に言ったのだ。

「まあケンカ? のこともあるけどさ。アサギ先輩、は本人も問題児だけど、なんか中学の時から何故か問題児の世話ばっかり任されるような人らしいし、てことはアサギ先輩が保護者やってるユキさんは相当問題児なんじゃないのか、って一部では噂になってる」

今まで知らなかった噂に動揺する俺と燻辺の視線を受け、三上は「……私は別にあのふたりのこと、問題児だのどうだのはどうでもいい。心配……してなくなくなくもないだけ」と謎のツンデレっぷりを見せた。

「それで、最近はユキさんが元ヤンなんじゃないかっていう噂まであるんだけど、元ヤンかどうかはともかく、荒れてたのは、どうも本当らしい……嘘にしか思えないけど。能天気の脳みそすっからかん野郎だし」

そう言いつつ三上も、どことなく不安そうで。
燻辺は燻辺で、「……アサギ先輩を問題児だのなんだの言う奴は……まあ事実だけど……エーテルの海に沈めてくれるわ…………!」と怒りに震えながらもその表情は怒り以外の何かも含んでいた。


二人にも訊かれたが、結局俺はケガの原因をよく知らない。
一応あの後ダメ元で訊いてみたのだが、ユキ先輩は話を逸らすし、アサギ先輩はスルーするしでまったく答えてくれなかったのだ。

そんなこんなで、別に心配になったとかじゃなく、なんとなく気になっただけで、でも放っておくわけにもいかないとかなんとか思って、放課後早速俺は三年二組に向かった。
正直写真部の部室で待った方が確実だったと今になって思うのだが、まあ……頭がいっぱいだったんだろう、心配とか不安とかで。

やはりと言うかなんと言うか、既にそこに先輩方の姿はなく。
あー……失敗した、と呟いて部室に向かおうとしたところで、俺は椿原さんにがしっと肩を掴まれたのだ。

「!?」
「あ、えっと……悪い。お前、幸村の後輩……だよな?」
「あ、はい」
「幸村と桜庭の、ケガの理由知らないか?」
「……え?」

予想外の質問に、俺は目を丸くする。
椿原さんは知っているだろうという思い込みが頭の片隅にあったからなのか。
それとも。

『どうにもケンカの相手、クラスメイトらしいとも聞いた。確証とかはないけど……ほら、あの先輩たち、体育祭とかでいろいろやってるから……』

三上の言葉がリフレインする。
そう、正直に言うと、俺は椿原さんを心のどこかで加害者サイドに置いていた。どちらが加害者で被害者かは判らないから加害者という言葉は適切じゃないけど。
だから、俺は一瞬疑った。椿原さんはもしかして――

「頼む、知ってることがあるなら教えてほしい。あいつら、何してるんだ……!?」

でも。

俺の肩を痛いくらいに掴んで、真剣な声音で問う椿原さんが、泣き出しそうに見えた。
ああ、この人は蚊帳の外なんだって解った。俺と、同じで。

俺が、すみません、俺も何も知らないんス、と謝ろうとした時に、その声は割って入ってきた。


「椿原、それはシロくんじゃなくてユキとアサギに直接訊くべきじゃないかな?」


バッと二人で廊下に目をやると、そこにいたのはトキワ先輩。手に持ってるノートからして、学校の備品の点検中らしい。

「だけどな……っ、」

言いかける椿原さんを制して、俺は言う。

「すんません椿原さん、俺も何も知らないんです。ユキ先輩たちに訊いても、答えてもらえないんス」
「俺もだよ! 幸村から、桜庭から、何も聞けないんだよ!」

本人たちから聞くべきだってことは解ってる。でも、それでも、と反論する俺たちに、トキワ先輩は困ったなーと頭をがしがしと掻く。


「よし、じゃあタダで教えるのも二人に悪いから条件をつけよう。ちょうどもうすぐテストだしね」


と、出されたのが先ほどの条件である。




「はあ……」
「シロどうしたの、ため息つくと幸せ逃げるよ?」
「なら勉強してくださいっすユキ先輩……せめて数学2ケタの点数取れるように……」

だがしかし、現実とは斯くも残酷なもので。
ユキ先輩はちっとも勉強する様子を見せない。
人が心配してるってのに本人たちめちゃくちゃケロっとしてるし。
がっくりうなだれる俺に、アサギ先輩がそういえば、と思い出したように口を開く。

「ヤマブキがこうしてユキくんに奮起させようと(ムダな)努力するの久しぶりだな」
「アサギ先輩今小声でムダって言いませんでした?」
「気のせいだ。で、ほんとに久しぶりで懐かしい気分になったんだけど、なんかあったのか?」

意外と鋭いところを突いてきたアサギ先輩の言葉に動揺するものの、それを隠して俺は笑う。

「なんでもないっすよ……ユキ先輩の悲惨すぎる数学脳にリベンジしてるだけっす」
「そらまた無謀な」

呆れ半分に笑うアサギ先輩。
ほんとに、無謀にも程がある。
数学平均【自主規制】点のユキ先輩に10点取らせるとか。
おいそこたかが10点とか笑うな、この人白紙で出してるわけじゃないのにネタじゃなくガチで0点取るからな、と脳内の誰かに呟く。

『いやあ、風紀の顧問ユキとアサギの担任なんだけどね。ユキは数学が悲惨すぎる、アサギはどの時間のテストも早々に放棄して絵ばっか描いてるってテストの終わるたびに愚痴られるんだよ。だからなんとかしてねー』

語尾にハートマークがつきそうなくらいに明るくとんでもない難題を言ってきたトキワ先輩。要約すると顧問の先生の愚痴うっとおしいから元を断て、ということなのだけれど。

なんで俺、こんな人の心配してここまでしてんだろ。てか先輩方で全ての問題がつながってるどころか完結してるじゃないですか。

3DSを開いて某生まれた意味的なものを知るRPGリメイク版を始めたアサギ先輩はもう椿原さんに任せきろう。俺には無理です。俺のライフはもうとっくにゼロだ。

まったくやる気を見せてくれない生徒、ユキ先輩はとうとう週刊少年ジャ○プを読み出した。一向に始まる気配を見せない数学の授業かっこわらいかっことじ。
俺、この人に10点取らせるなんてできんのかな……。
臨時教師(仮)の俺は、ユキ先輩に数学を教えるよりも、まずどうすれば効率的に点を取らせられるかを考えることにした。



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伏字が多いこのシリーズ。シリアスがぐっだぐだですなあ。
120523



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