05 放課後ゲーム


籠る熱気。研ぎ澄まされたひとつひとつの動作が、瞬きすることすら意識の外に行ってしまうほど視線をそこに惹きつける。一切のふざけや茶化しを許さない真剣な雰囲気が、見ているこっちにまでビシビシと伝わってくる。
響く太鼓の音が、腹の底から出された強く太い声が、辺りの空気だけでなく俺の体の中まで震わせていくようで。
俺は呼吸することも忘れて魅入っていた。

時間にすれば長くても十分間。
けれど終わったあとも俺は奇妙な高揚感と興奮に包まれていた。

「すごいっすね、応援団」
「でしょ?」

俺がドキドキする胸の中をそのままに、月並みな言葉で今の思いを口にすると、隣で見ていたユキ先輩が自分のことのように誇らしげに笑った。

「にしても先輩、こういう時はちゃんと空気読んでしゃべらないんですね」
「僕はこれでもイイコなの。第一アサギくんの勇姿を眺めているのに言葉はいらない」
「そうなんですか? でもまあ、ほんとにアサギ先輩かっこよかったですね」
「そいつはどうもありがとう、ヤマブキくん」
「あ、アサギ先輩! お疲れ様です」

タオルで汗を吹きながらこっちに歩いてきたアサギ先輩。ヤマブキなんて、下の名前で呼ばれたのは本当に久しぶりだ。
このクソ暑い中学ラン(しかも冬服)をかっちり着込んで白手袋をして、紫の長いハチマキを締めたアサギ先輩はなんというか、さすが応援団長というか、カッコいいの一言に尽きる。

「応援団を間近で見た感想はいかがですか」

やっぱり暑いんだろう、白い頬を真っ赤にして笑うアサギ先輩にそう問われ、俺はさっきの感動をなんとか言葉にしようとして……ほとんど挫折する。

「なんというかもう……すごいっす。応援ってあんなにこう、ズシンとくるもんなんスね。あの応援聞いてたら絶対力湧いてきますって」
「おお、普段クールガイなシロがすごい生き生きしてるよ。ほんとにアサギくんたちすごいなあ」
「お褒めにあずかり光栄です、ってところかな。どうもありがとう。そう言われるとこっちとしてもやりがいがあるよ」
「まあせっかく応援団のみんながカッコよくて力の出てくる応援してくれても、うちの学校弱小部がほとんどだから追い風以前に地力が足りないけどねー」
「おいこらユキくん」

言ってはいけないことを平然と口にしてけらけらと笑うユキ先輩と、呆れたようにユキ先輩をこづくアサギ先輩。

「……んで、何の用だいユキくん。練習中に来るなんて珍しい」

思い出したようにアサギ先輩が言う。
そう言えばそうだった。
放課後、写真部の部室に入った瞬間に「あ、シロいいところに! 今からアサギくんのとこ行くぞ!」とユキ先輩に訳も解らずに連れて来られたんだった。
どうやらアサギ先輩たちの練習を見せに来たわけでもないらしい。
当のユキ先輩は、あれー?と首をひねっている。

「……何しにきたんだっけ? うーん、アサギくんたちがすごすぎて忘れちゃった」
「俺のせいかよ。しばらくの間は休憩だからいても構わないけど」
「じゃあそうする。はーちゃんと戯れてたら思い出せるかも」

そう言ってユキ先輩ははーちゃんこと燻辺葉月の方へ駆けていった。
「あ、ユキさん!」と紫色の袴の裾を翻す俺のクラスメイトに、あの二人知り合いだったのかと少し驚く。

「燻辺とユキ先輩、知り合いだったんスね」
「ああうん、なんかフスベとユキくんは音楽の趣味で通じるところがあるらしい」
「音楽、スか」
「俺には到底ついていけないジャンルだけどな。しかも応援団、何気にそのアーティスト好きな奴多いからたまに大合唱されるぞ」
「……ご愁傷様です」

なんだか容易にその光景が想像できて、確かにあの良い声した集団が自分のついていけないジャンルの曲熱唱し始めたら困るよなあ、とアサギ先輩に少し同情した。

そういえば、こないだユキ先輩が部室でヘッドフォン着けてなんか聴いてたな、と思い返す。
それ何の曲すかと訊いたら「はーちゃんから借りたのー」と答えにならない答えにちょっとイラッとしたのに加え、はーちゃんって誰だよと思った気がする。

なんだ、あの時のはーちゃんって燻辺のことか、と俺は一人納得した。

「あーーーー!!」

突然ユキ先輩が叫び、俺はびっくりして振り返る。
この暑さでとうとう壊れたかあの人。
ユキ先輩の至近距離にいた燻辺はさりげなくしかしちゃっかり耳を塞いでいた。

「アサギくんアサギくん! 思い出したよ!!」
「へぇそう。で、結局何だったんだ?」
「えーとね、みかみんがめちゃくちゃ強くてフルボッコにされて僕ブロークンマイハートだから、アサギくんと組んでみかみんをマルチでフクロにしてやろうと思って来たんだった!」
「…………」

やっぱりユキ先輩は壊れたんだろうか。何を言ってるのかさっぱり解らない。
唯一判るのは『みかみん』がいつも写真部の部室でゲームをしている、俺のクラス、否、学校随一の才媛、三上桔梗だということだけだ。

「ほうほう、つまり君は後輩にポケ○ンの通信対戦を挑んだところ返り討ちにあい先輩としてのプライド的な何かがズタズタ、それで俺が練習中かどうかも判らないのに正常な判断力を失った頭ではそれにも思い至らず、途中でばったり会ったかなんかしたヤマブキを道連れにして来てみたら俺は練習中で、本来の目的を忘れて見入っていたと」

アサギ先輩は一体何者なんだろう。なんであんなので全部事の次第が理解できたんだろう。
俺がアサギ先輩怖ぇと思っているとユキ先輩は顔を輝かせて「そうそう!」と頷いた。
おかしいな、先輩文系だけは頭良かったはずなのに今のアサギ先輩の言葉の端々から滲む嫌味的な何かに気付かなかったんだろうか。

「ではそんなユキくんにひとつ重大な事実を教えてあげよう」
「?」
「1対2じゃマルチバトルはできないぞ」
「……………………!!!」

がぽーんと口を開け石化するユキ先輩に、そんなことまで失念するほど悔しかったのか、と呆れたように言うアサギ先輩。

「ほらほら、もう休憩終わりだから帰れ。あとでいくらでも泣き言聞いてやるから」

アサギ先輩に背中を押され、がっくりとうなだれたまま応援団の部室を出て行くユキ先輩。
結局俺は何をしに来たんだろう、と微妙に虚しくなったのは気のせいじゃないはずだ。
だって、ポケ○ンって。
しかも相手はひとりなのにマルチって。

なんだか、さっきの感動が少しばかり薄れた気がする。




ちなみにその後、部室に戻ったユキ先輩に三上が「さっき先生が来てユキさんに補習課題置いていったけど」と数学のプリントを差し出し、俺は涙目の先輩を宥めながら数学の課題を手伝うことになった。



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