04 昼ごはんと屋上


「でね、そこで僕はアサギくんが特攻すればいいと思うんだよ!」
「ユキくん、君は俺に死ねと?」
「あいたたたたた! 痛い痛い! 笑顔でアイアンクローかまさないでっ!!」
「………………」

なんで俺、ここにいるんだろう。
昼休みに突然ユキ先輩がやってきて、屋上に連れて来られて。
アサギ先輩以外は初対面の人ばっかりの中、何故か一緒にお弁当を食べることになって。
ドッヂボールの強豪がいる五組にどう対処するかという話になり、冒頭のコントじみたやり取りになったというわけで。

ため息を吐くと、隣に座っていたハナダ先輩が挙手をして言った。

「ねえワカバ、君のハチ公が死にそうだよ」
「ん、ハチ公? あー違うよ、ハチ公じゃなくてシロなのだよ」
「あ、そうなのシロね。花坂爺ね」

ハチ公て。花咲爺て。
やっぱりシロだと犬っぽい認識になっちゃうじゃないですか先輩。
というかそれより、

「……ワカバ?」

って誰だ。いや文脈的に判るけど。

「そうですワカバです! 今の今まで名乗るの忘れてたけど僕の名前は幸村若葉と申します、でもユキでいいから。むしろ君がワカバって呼んだら殴ります」
「え、今更自己紹介なの?」

ユキ先輩の突然のカミングアウトに、アサギ先輩の隣に座っていたクチバ先輩がそう言って笑った。

「きっと忘れてたんじゃなくてあえてフルネームで名乗るの避けてたんだよ」
「ユキくん、君あれだろ。未だに二年の最初の頃、委員長に女子と間違われたこと根に持ってるだろ」
「思えばワカバちゃんが椿原くんをツバキちゃんって呼び始めたのってその頃からだよね」
「同類を増やしたかったんじゃね」
「え、何その話。お兄さん初耳なんだけど」

シオン先輩、アサギ先輩、マサラ先輩、ハナダ先輩の順にユキ先輩に言葉の槍がぶすぶすと突き刺さり、一人だけクラスが違うらしいクチバ先輩が話を聞きたそうに身を乗り出したのがとどめになった。

「絶対あれは椿原を巻き添えにしたかったからだよな」
「本人は委員長に笑顔でマジギレして以来、もうワカバって呼ぶ人いないしね」
「でもユキも十分女子っぽいと思うんだ」
「幸村って呼ばれるよりはマシらしいよ」
「え、そうなの? 真田幸村みたいでかっこいいのに」
「それが嫌なんだと。まあユキって呼ばせてるのは部活関係だけみたいだけどな。クラスメイトは他人だから幸村って呼ばれてもどうでもいいらしい、ワカバとさえ呼ばれなかったら」
「………………」

先輩方に言われ放題のユキ先輩。
口の減らない先輩にしては珍しく真っ赤な顔で黙り込んでいる。
たぶん図星すぎて返す言葉もないんだろう。先輩はぶすっとした顔で、購買のココアをズゴーと音を立てて飲んでいる。



でも、

「先輩たちに『ワカバ』って呼ばれるのはいいんですね」

俺が思ったことをつい口にすると、先輩たちの視線が一斉に俺に向けられた。
ユキ先輩は憮然とした表情のまま、ストローから口を離して言った。

「……友達は、別」

そう言ってぷいっとそっぽを向いたユキ先輩に、一瞬静まり返った先輩たちが再び沸き返る。

「うおおお、ユキくんがデレたぞ!」
「いや、ワカバちゃんはいつもけっこうオープンだと思うけどな」
「後輩の前だからってかっこつけたな」
「ええい、うっつぁしやがましせからしかしゃらっぷ!」

ぐばぁっと立ち上がり叫んだユキ先輩は、はぁっと息を大きく吸い込むと再び座り込む。何スかそのうるさい四段活用。
こんなに余裕のない先輩も珍しい。
やっぱり先輩と同じくらいキャラの濃そうな友人たちを相手にするのと、俺みたいな一般人を相手にするのでは全然勝手が違うんだろうか。

「……でも、そういえば椿原はワカバのこと幸村って呼ぶよね。辞めた部活の人は他人カテゴリなの?」
「!」

言葉だけ見ればけっこうな皮肉にも聞こえるが、純粋に不思議そうにクチバ先輩が呟いた。
ユキ先輩はそれまでのぶすくれた顔から一変して、無表情のような、物思いにふけるような、遠くを見るような目つきになる。

「いや、バスケ部のみんなはユキって呼ぶよ……椿原は、なあ…………」
「ま、ユキくんにもいろいろあるってことだよ」

一気に下がる辺りの空気と、少しの違和感。
どことなく触れてはいけないものに触れてしまったような気まずさが場を覆う前に、フォローするようにアサギ先輩がすぱっと話を切った。
その直後、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いて、先輩たちは弾かれたように弁当を片付けだす。俺も慌てて弁当箱をしまいこんだ。

「次数学だっけ? わーい、くっちーのクラスと合同だ」
「やっべ、オレ宿題やってない」
「全然やばいと思ってないよねシオン。ちなみにボクは既に諦めた」
「俺はやったー」
「お兄さんも今日は珍しくやってる」

先輩たちの会話を聞きながら、俺は俺で次の時間は古典だったっけかと思う一方、今日はどうにも珍しいユキ先輩ばっかり見るなと思った。
先輩たちと階段を駆け下りながらそんなことを考えていると、さっきの違和感の正体が何だったのかということに気付く。

少なくとも俺は、ユキ先輩が椿原さんを「椿原」と呼ぶのを初めて聞いた。



back top


120509



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -