01 出会いが素敵と思わない
本当はどこにも行きたくないのだと、ため息をつくようにユキ先輩は言った。
「なんでっスか」
「どこかに行くたびに誰かと出会って、そのうち別れが来るの、辛いと思うんだよ」
さて、今のユキ先輩の言葉にはどれくらい本音が含まれてるだろうか。
いっつも適当なことばかり言ってる先輩のことだから五割が妥当なとこだろうけど、今の言葉だけは本気度が八割くらいでも多めに見積もりすぎってことはないだろう。
「出会いが素敵だなんて誰が決めたんだろうねえ」
「どこかの誰かじゃないんすか」
一瞬垣間見えた気もした先輩の本当はすぐに隠れてまた適当なことを言うもんだから、俺もそっちの言葉には適当に返した。
ユキ先輩。名字は幸村。下の名前は知らない。写真部のみんながユキだのユキさんだの呼んでいるので俺もユキ先輩と呼んでいる。
極度のものぐさで、いつもぐったりしているがそれなりに勉強もスポーツもできるらしい。あ、理数科目は悲劇的だった。俺が数学の宿題をやらされることもしばしば。その代わりに英語の宿題をやってもらっているのでとりあえず良しとする。
顔だけ見れば割と整った顔立ちをしているので影で女子に騒がれたりもしているらしい。本人はものぐさを極限に発揮してまるで相手にしていないが、そんなところもいいのだとか聞いたような聞かなかったような。
「もうどこにも行きたくないなあ。ほんと、出会いも別れも勘弁してください」
「……んじゃ先輩、俺と会うのも勘弁してほしかったんですか?」
ぐでーっと写真部の部室のボロい机にうつ伏せになった先輩に、そう出し抜けに問えば先輩は目をぱちくりとさせて俺を見た。
「いやいや、そんなわけなかろうに。どうしたシロ、よくわからんがそう拗ねなさんな」
「拗ねてないっす」
シロ。
城戸だからシロって安直とかそれ以前に犬の名前みたいなんですが。
さすがに他の写真部員はシロなんて呼ばないっすよユキ先輩。
「まあ、少なくとも僕は本気で、シロに会えて良かったと思ってるよ?」
頭を机の上に乗せたままユキ先輩はへにゃりと笑う。
「数学の宿題やってもらえるしね!」
「………………」
めったにお目にかかれない先輩の笑顔に目を瞬いたのもつかの間、続く先輩の言葉にがっくりと肩を落とした。
やっぱりそんなオチかこのやろう。うっかりときめくところだったんですよ、俺の一瞬のときめきを返してくださいちくしょうめ。
「……ま、だから余計に別れる時のこと考えると憂鬱になるんだけどね」
これまた珍しくしんみりとした様子で先輩が言うもんだから、俺はデコピンしようと伸ばしていた手をとりあえず引っ込めた。
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断じてBLではない。ただの先輩と後輩だ、と主張します。
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