14 宿題チャレンジャー


ユキ先輩は足が速い。
ただし、人並みより僅かばかりに。

いつぞやのユキ先輩とアサギ先輩の言が食い違っていたのは、お互いリレーに出たくない二人の先輩がそれぞれ誇張して言ったからで、実際はアサギ先輩はかなり速い方だがユキ先輩は言ってしまえば普通だ。

つまり、何が言いたいのかというと。

これでも二年の中で一、二を争う俊足を誇り、かの体育祭でもサッカーと障害走の他に、短距離走長距離走選抜リレーと走る競技全てに出場させられた俺の方が、ユキ先輩よりも圧倒的に足が速いのである。

「えっちょっシロ速くないっ!?」
「……猟犬」

以上が、俺が逃げるユキ先輩に追いつきその肩をがっと鷲掴みにした瞬間の、先輩方の言葉である。

***

「いやーヤマブキお前足速いね」
「実はそれだけが取り柄でして」
「…………」

ところ変わって写真部の部室。
テキパキと自分の手当を済ませたアサギ先輩は、机に突っ伏したままのユキ先輩のだらんと伸ばされた腕をとり慣れた手付きでさっさと消毒していく。

「……今日は保健室じゃないんスね」
「今日はそんなに怪我してないしな。毎度毎度の頻度でお世話になってたら、さすがにまどかちゃんにも説明しなきゃいけなくなる」
「言ってないんすか」
「やんちゃしましたって言ってある」
「……ちなみにまどかちゃんは何て」
「青春だなー! って笑い飛ばしてた」

以前から常々思っていたことではあるが、まどかちゃんは些か適当すぎやしないだろうか。
そしてさっき俺が捕まえてから今に至るまでひたすら無言を貫くユキ先輩。
この人は普段はもちろんのこと、機嫌の悪い時も拗ねている時も感極まっているときも、健やかな時も病める時もとにもかくにもよく喋り、口の減らない人であるので無言でい続けている時間最長記録を絶賛更新中のこの姿はとてつもなく珍しい。

俺がじっとユキ先輩のつむじを眺めている間にユキ先輩の両腕にぺたぺたと絆創膏を貼り終えたアサギ先輩は、そのつむじに人差し指を当てて声をかける。

「ユキくん」
「…………」
「君が下痢になるか否かの命運は俺が握らせてもらった。五秒以内に起床したまえ、さもなくば俺が出せる全ての力を込めてここを押させてもらう」
「ハイハイハイ起きます起きます!!」

アサギ先輩が脅しにかかったその言葉が終わるか終わらないかの内にがばっと勢いよく顔を上げて降参とでも言うかのように両腕を上げるユキ先輩。ユキ先輩の無言最長時間は17分26秒を記録した。

「ユキ先輩」
「……何かねシロくん」
「俺に何か言うことはないんすか」
「あ、そうだシロ宿題! 宿題やって! 数学の!!」
「……はい?」
「いやほんとあの陰険鬼畜眼鏡数学教師(臨時)が出した宿題半端ないの! しかもいつもの先生と違って僕が超絶お・バ・カ☆ってこと解ってないから半分以上白紙だと再提出って突っ返してくんの! お願いシロ君のお粗末な現文テストの見直し提出手伝ってあげるから!」
「ちょっと待て何でアンタ俺の現文のテストがお粗末な出来だって知ってるんですか!?」
「僕の教育にかこつけてトキワと変な賭けしてたでしょ、ツバキちゃんまで巻き込んでさ」
「……知ってたんすか」
「まあねー」
「そりゃあな。君とトキワくんよりユキくんとトキワくんのが仲良いんだぜ?」

その言葉に、俺はある結論へとたどり着いてハッとする。

「ちょっと待てそれじゃ俺がガリガリくん出資した意味は一体」
「あるんだぜ? 俺たち知ったのテスト終わったあとだし」
「『フェアじゃないからねー』って言ってたよ、トキワ」
「くっそ! くっそう!!」

憎らしい風紀委員長様スマイルを思い浮かべて俺は思いっきり机をバンバン叩く。隣の隣の吹奏楽部から「うるさいぞ写真部ー!」と苦情が来たので「うるさいのはアンタらの不協和音だよ騒音楽部!!」と言い返しておいた。それを見た先輩ふたりが顔を見合わせて笑う。

「……なんスか」
「いいやー?」
「シロも言うようになったなあって思ってさ」

カバンからごそごそと皺くちゃのプリントを引っ張り出しながらユキ先輩が珍しく含みのない笑顔を俺に向けた。

「ほら、シロも現文のテスト出しなよ。交換しよう」
「あー、それは助かるんですけど、」
「わかってる、君の訊きたいことも話すから」
「いいのか、ユキくん?」
「うん、ここまで僕のこと思って頑張ってくれたんだし、いいよね」

俺の出した現文のテストを受け取り、ユキ先輩は笑顔を翳らせる。

「ただし、ツバキちゃんには言っちゃダメだよ?」
「……はい」

どうしてとは問わなかった。知って一番傷つくのは、たぶんツバキちゃんなんだよ、と笑ったトキワ先輩の姿を思い出したからかもしれない。

「――僕が勝手に願ったのが、悪いんだろうなあ」

自嘲的な笑みを皮切りに、ユキ先輩は現文のテストの赤丸をなぞるように、指を滑らせた。




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