13 校舎裏での出来事


「やあ、シロくん」

この人が腰掛けているというだけで、なんの変哲もないパイプ椅子すら玉座に思えるのはなぜだろう。息を切らせて駆けつけた第二会議室、風紀委員の根城で、似非聖人君子のごとき笑みを浮かべてトキワ先輩は俺を出迎えた。

「トキワ先輩、」
「ごめんちょっと待って、あと数十秒」
「はい?」
「いやね、最近のボクのささやかな楽しみなのだけれど、」

そう言ってその美しいという形容詞がぴったりな顔を愉悦に歪めて、トキワ先輩は手元のケータイをいじる。

「迷惑メールが、来るだろう? その文面をどんな人がどんな顔して考えたのか、随分暇な人間だなと思うと、連作になってるメールがネタが尽きたのか、最初に来たメールがまた来るのを見ると、くだらない優越感を覚えるんだ。それが楽しくてね、迷惑メールには一応目を通すようにしてる」
「……はあ、そっすか」

さすがはユキ先輩の類友というべきか、なかなかにひねくれたお人である。

「ああ、待たせてごめんね。それで、何の御用だったかな?」
「あ、ええと、こないだの約束を」
「まあそれ以外に用もないよね」

解ってて訊いたのかあんた。思わず突っ込みそうになるが、ユキ先輩ならともかくトキワ先輩相手に本当に口に出したら何かが終わる気がして反射的に口をつぐむ。
最もトキワ先輩はそんな俺の反応すら想定内だったらしくにこにこと見透かしたように微笑んでいたけれど。

「ワカバくんは見事ふた桁突破したらしいじゃないか。おめでとうシロくん」
「ど、どうも……」
「ガリガリ君にいくらかけたの」
「……千円前後です」
「千円かけてポッキーとは泣けるね」

笑顔のままつらつらと言うトキワ先輩に全くだよと思いつつも、本題がずれそうなので慌てて制止をかけた。

「それで、その」
「ああ、その前にひとつお知らせがあります」

輝かしい笑顔でトキワ先輩は告げる。メガネのレンズが蛍光灯に反射して輝いた。

「ツバキちゃんはアサギくんの落書きを阻止できませんでした」
「!」
「なので本当は二人共教えないでおこうかと思ったんだけど、」

トキワ先輩の言葉に、喉がひゅっと鳴った。
俺が抗議の声を上げるよりも先に、トキワ先輩はまあ待ってとでも言うように頷く。

「健気な忠犬シロくんに免じて君にだけは教えてあげるよ」

経費半端ないしね、とトキワ先輩は笑顔の中に少し苦いものを浮かべた。

「ただし約束してほしい。ツバキちゃんには教えないこと」
「何でですか」
「ツバキちゃんは条件満たせなかったしね。それに、」

知って一番傷つくのは、たぶんツバキちゃんなんだよ。
その言葉の意味が解らずに首を傾げたが、トキワ先輩はそれ以上は何も言う気はないようだった。

「次、二人がいなくなったら、校舎裏に行ってみなよ」

ね? と微笑んで、話は終わりだと暗に告げるトキワ先輩に、俺はそれ以上何も聞けなくて、お礼の言葉をぼそっと口にして俺は会議室を後にした。


***


そしてあれから数日経った今日、放課後姿の見えないユキ先輩とアサギ先輩に、トキワ先輩の言葉に従って俺は校舎裏へと向かったけれど。

校舎裏と一口に言っても、無駄に広すぎるこの高校の敷地内に校舎裏と呼ばれる場所は無数にあって、もっと具体的に教えてくださいよと思わず悪態を吐きながら駆け回って辿り着いた場所で見たのは、西棟の南側で繰り広げられる喧騒。
そこで目にしたのは、他校の制服を着た見覚えのない人たちと、ユキ先輩とアサギ先輩が凄絶な乱闘をしている光景で、俺は言葉を失ってただ物陰から様子を伺っていた。

これだけの騒ぎなのに誰も気付かないものなのか、と思ったがここは移動授業で使う特別教室の集まっている場所の裏側で、部室の集まる東棟からもグラウンドからも遠く、近くには空き家や空き地が広がり道路には人通りがまるでない。更に言えばあまり手入れのされていない広葉樹や低木が好き勝手に生い茂っている。
ここで毎回喧嘩をしていたのなら確かに見つかりづらいだろうと、俺は変なところで感心をした。

柄の悪そうな男子高校生の制服に、確かあれはこの辺りでも有名な不良だのDQNだのが集まりやすい私立高校のものではなかったかと冷や汗が伝う。
俺が喧嘩自体は予想していたとはいえ、実際目の前にすると情けなくもどうしたものか呆然としていると、やがてひとりふたりと地面に伏せていく他校の人たちの姿が視界に映った。

ユキ先輩がひとりの頭を引っ掴んで木の幹に叩きつけ、アサギ先輩の蹴りが残るひとりの鳩尾に突き刺さる。
そうして他校の生徒が皆戦闘不能になったところに、ユキ先輩が能面のような表情で言葉を叩きつけた。

「さっさと帰れ、無能野郎」

アサギ先輩は何も言わず、荒い息を繰り返している。

「椿原を妬んでこんなくだらないことばっかりしてるから、いつまで経っても変わらないんだよ」
「……………、」

ユキ先輩の言葉に、木の幹に持たれていた一人が何事か返したようだったが、俺のところまでその言葉は届かなかった。
けれど、俺にとって今重要なのは、『椿原を妬んで』というユキ先輩の言葉。ツバキちゃんでもサドンデスツバキでもなく椿原と呼ぶユキ先輩に違和感も覚えたが、あの他校の人たちと椿原さん、そしてユキ先輩とアサギ先輩に一体どんな関係があるのか全く見えなかった。
俺がぐるぐると三者の関係を考えているうちに、ひとりふたりと他校の制服がのそのそと起き上がり、這うようにして俺の隠れている物陰とは別の方へ去っていく。
五、六人いた他校の人たちがいなくなり、どうしたものか考えあぐねていると、アサギ先輩の鋭い声が響いた。

「それで、ヤマブキはそこで何してるのかなー?」

いつぞやの屋上でのセリフと同じ言葉に、びくりと肩を跳ねさせて俺は隠れていた生垣の陰から歩み出る。アサギ先輩には高性能レーダーでも備わっているのだろうか、そんなアホなことを考える余裕があるのだなと俺は自分に呆れて溜息を吐いた。

「や、やだなーシロ、見てたの? 見物料とるよ?」

ぎこちなく笑うユキ先輩の名を呼べば、ユキ先輩はぎしっと音が聞こえるくらいに表情を強ばらせて固まった。

「ユキ先輩」

目の前で凍りついたように動かないユキ先輩は、ワイシャツも学ランのズボンも茶色く土に汚れていて、髪もぼさぼさ、整った顔もあちこち殴られた痕やら擦り傷やら、極めつけには鼻血まで出ていて、いつぞやの保健室での姿を彷彿とさせた。

となりに立つアサギ先輩も、ユキ先輩と似たりよったりのボロボロ具合で。
ここに桜庭妹がいたら卒倒しそうだ、なんて現実逃避のように思った。

「ユキ先輩、なんで」

静かなユキ先輩が不気味だ。
その目に映っているのはほんとうに俺なんだろうか。
水面を揺らしてその像を確かめるようにユキ先輩の肩を揺らしたくて、手を伸ばせば。

「ユキ先輩!?」

弾かれたように、ユキ先輩は踵を返して駆け出した。



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