12 一枚のフェンスと曇り空


「ユキさんも城戸も弱い」
「おっしゃる通りで」
「うあああああ僕のエルフゥウウウンンンンンン!!!!!」
「ユキさんうるさい」
「おっしゃる通りで」


さて皆さん、先日の応援団の部室における騒動を覚えておいでだろうか。
三上に通信対戦で惨敗したユキ先輩が、アサギ先輩にマルチでの共闘を申し込むものの1対2ではマルチバトルなどできないという当然の事実を思い出させられ、しょんぼりして帰った先ではその三上に補習課題を差し出され、ユキ先輩が発狂の末大いなるルフの一部となったあの一件である。ざまあ。

そんな笑える出来事もあったなあと今日の昼休み、もはや恒例となった先輩達の笑える話報告会を燻辺としていたところ、唐突に三上が「できるよ」と会話に参入してきたのだ。

「えっ」
「できるよ、マルチ」
「どうやってやるんです?」
「こうやって」

そう言って三上が3DSを操作する右手はそのままに、左手でカバンからゴソゴソと取り出した、3DS。

「うわあ……」
「二台目だ……」

絶句した俺と燻辺の反応は決して間違っていないはずだ。
しかし三上はどん引きしている俺たちなど歯牙にもかけずに、むしろどこか誇らしげに珍しく饒舌に言葉を続ける。

「普段は充電切れたときのために持ち歩いてるだけだけど、バージョン違いのソフトも持ってるから、できるよマルチ。ひとり対ふたりで」
「桔梗ちゃんの貴重なドヤ顔かわいいです」
「何言ってんのお前」


そういうわけで、早速放課後に三上の胸を借りてマルチバトルを開始したわけだが、それはもう見事なまでにボコボコにされた。厳選6Vに勝てるわけがない。
ちなみにアサギ先輩は部活中なので不参加で、一応俺もポケモンはユキ先輩と同じバージョンを所持していたため強制的に駆り出された。
蛇足ではあるがユキ先輩はカントージョウト至上主義の人間なので手持ちはエルフーン以外皆金銀クリスタルまでで構成されている。御三家なんていなかった。あ、いやバクフーンがいた。
俺は伝説ポケモンをついつい手持ちに入れるタイプだ。だって強いじゃん。かっこいいじゃん。施設だと使えないけど。厳選達の相手にはならないけど。俺とユキ先輩の手持ちを半分ほど壊滅させた三上のジャローダは恐ろしかった。ユキ先輩の一番のお気に入り且つ唯一の5Vのランターンさえほぼ一撃だった。ざまあ。しかし俺も一度アサギ先輩のオーダイルに4タテされた身であるので調子に乗るのはここまでにしておく。

「おー、予想通りののたうちまわりっぷりだなーユキくん」
「アサギくん……」
「アサギ先輩、部活終わったんすか」
「お疲れ様です、お早いですね」
「今日応援団員ほとんどが英語の追試で引っかかってな、部活にならないから切り上げてきた」

スパーンと無駄にスタイリッシュに屋上の扉を開けて入ってきたのはアサギ先輩で、その手には購買で買ったと思われるチョコラスク。おそらくユキ先輩が三上にボコられてテンションがた落ちになることを見越して慰めるために買ってきたのだろう。ほんとうにお疲れ様です。
何故俺たちの現在地が写真部の部室ではなく屋上かというと、今日写真部は文化祭に向けた至極真面目な話し合いを部長と副部長と会計が部室で行うため、ポケモンの通信対戦など横でやっていたら邪魔なことこの上ないだろう、と珍しくユキ先輩が常識を発揮しした結果である。

正直屋外でゲームをすると日光が画面に反射して見づらいわ目が痛くなるわであまりやりたくないのだが、今日は曇天だから特にプレイに支障は出ない。
まあ正直灰色の空が広がっていると、雨が降りだしそうなのでそれはそれで、どことなく落ち着かないのだが。
やっぱり屋上に出るなら、いつぞや先輩方を昼ご飯を一緒に食べた日のようなあの青い空の下がいい。ゲームをするには不向きだけれど。

それはともかく、と俺はふと思いついた疑問を口にする。

「もしかしてその追試って燻辺もっすか」
「そうだけど」
「ああ、やっぱり」

英語の時間、返ってきた答案用紙を片手に「……オーノーだズラ」と静かに首を横に振っていた燻辺はやはり追試らしい。

「そっかー二年はまだ追試があるんだねー、たいへんだ」
「しれっと他人事みたいに言ってるけどなユキくん、君も三年じゃなかったら問答無用で追試の点数だからな、数学」
「何言ってるんだよアサギくんそれブーメランなんだぜ?」
「ぐはあ」
「なんという棒読み」

アサギ先輩から手渡された袋を早速ばりっと音を立てて開き、バリバリとげっ歯類のようにラスクをほおばるユキ先輩の姿をしばらくぼーっと眺めていた俺だったが、ふと我に返って半ば叫ぶようにユキ先輩に問いただす。

「そうだ! 数学! ユキ先輩、数学、数学のテスト、何点だったんすか!?」
「いやんシロくんそんな耳元で叫んだら僕の鼓膜破けちゃう」
「いいから答えろや微塵も可愛げのないげっ歯類が」
「そんな椿原みたいな顔して、おっかないぞ山吹」
「ああもうそうやっていつもアサギ先輩はさりげなくユキ先輩の味方にまわるんすから!!」
「そんなに心配しなくても、いつもどおりアサギくんの半分以下の点数だよ」
「具体的には!」
「11点。同情した柴田せんせーがポッキーくれたよー」
「まじすか!?」

けらけらとポッキーの箱をからからと振るユキ先輩。
だが俺にとって問題はそこじゃなくて、聞き間違えでなければ確かに、

「相変わらず情けない点数ですねユキさん」
「でも十点超えたのは久しぶりじゃないか? 山吹に感謝しとけよ、ユキくん」
「うんありがとねーシロ! おかげで担任が感涙したよ!」
「いやうんなんていうかとりあえずおめでとうございます! ちょっと俺用事思い出したんで失礼するっす!!」
「え、ちょっ、シロー?」

ユキ先輩の慌てた声が聞こえるが、無視して屋上を飛び出す。
一段飛ばしで階段を駆け下りて、ダッシュで向かう先は風紀委員会の根城、会議室。

屋上を飛び出る直前、振り返って見たユキ先輩の、その後ろ、ボロいフェンス越しに広がっていた鈍色の曇り空。
何故かその色が強く目に焼き付いて、離れなかった。



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つづけ。
130317



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