10 ラブロマンスが始まらない


その日は珍しく、そう、ほんとに珍しく、事の発端はユキ先輩じゃなかった。
むしろユキ先輩が連れ回されている側である、新鮮だ。

「いやあ、わっくわくのどっきどきですなあ!」
「クチバ先輩趣味悪いっす」
「………………」

クチバ先輩が興奮しまくった様子(ただし小声)でしゃべる横で、俺は思わずつっこみをいれた。
そのさらに横ではユキ先輩がぶすくれた様子で、クチバ先輩が向いている方に背を向けてヤンキー座りをしている。えらくヤンキー座りが堂に入ってますよユキ先輩。

「ほらワカバ、君の大親友に春が来ようとしてるんだから、ちゃんと見守ろうぜ!」
「……だから見たくないっていうのも」
「え? なんか言った?」
「あ、相手の女子が意を決したみたいっすよ」
「マジか!!」

ぶすっとワカバ先輩がもらした呟きに一瞬気を取られたものの、動きがあると聞いてバッとさっきまで見ていた方向に向き直るクチバ先輩。

そう、俺たちは今、いわゆるデバガメというものをやっている。
ここは屋上。爽やかな風が吹き抜けていく中、向かい合う二人の男女。
この草食系男子が蔓延る世の中、そこらへんの男子など足元にも及ばないほど男前なアサギ先輩。と、どっかの誰かさん。多分2年。

甘酸っぱい雰囲気漂う中、屋上のすみっこでこっそり覗き見をする俺とクチバ先輩及びユキ先輩。ただしユキ先輩は何が気に入らないのか精神的に不参加。

「あ、あの……っ!」

顔を真っ赤にして、震える声で言葉を発した2年女子。
アサギ先輩は無表情のお手本のような顔で微動だにしない。
対してユキ先輩はまさに不機嫌という表情でカタカタと貧乏ゆすりをしている。

「ずっと、桜庭先輩のことが好きでした! 私と付き合ってください!」

おお、と感嘆したような声をあげるクチバ先輩。
なんかユキ先輩の方からぷちっと何かが切れるような音がしたが、俺はそれを聞かなかったことにした。「……よろしい、ならば戦争だ」とかあんたはどこの少佐だと突っ込みたくなるような言葉が聞こえてきたけどそれも聞かなかったことにした。

「ごめん」

即答するアサギ先輩。しかも全く照れずに。
俺だったらテンパって相手の目もまともに見れないんだろうなとか考えたけど、そもそも俺はまずこの高校三年間で一度たりとも告白されることはないだろうということに思い至って、誰も知らないところで一人ダメージを受けていた。

「今はそういうの考えてないんだ。ごめんな」

すっぱりさっぱり、いっそ清々しいまでにざっくりと断ったアサギ先輩。
視界の隅でユキ先輩がガッツポーズしているのが見えたが、そんなものは幻覚だと俺は自身に言い聞かせた。

さて、さっくり断られた相手の2年女子はと言えば。
真っ赤な顔のままうつむいて、拳をぎゅっと握りしめてぷるぷると震えている。
まずい、泣き出すのか、と撤退を考えたその瞬間、がばっと2年女子は顔を上げた。


「やっぱり桜庭先輩は幸村先輩のことを……? それはそれでぷま……!」


「「「は?」」」

アサギ先輩とクチバ先輩と俺、三人分の訝しげな声が屋上に響く。
俺とクチバ先輩は慌てて口を塞いで息をひそめるが、幸いあの二人には聞こえていなかったようだ。

ユキ先輩はと言えば、これまた見事にフリーズしていて並大抵のことじゃ帰ってきそうにない。

「あ、いえなんでもないんです! 今日はすみません、ありがとうございました。それでは!」

さすがのアサギ先輩も硬直している中、2年女子はつい今しがた振られたばかりとは思えない明るさで颯爽と屋上を去っていった。

「………………」
「………………」
「……お兄さん、あの子と友達になれるかもしれない」
「……そっすか」

しばらく黙っていた俺たちだが、腐男子クチバ先輩がぼそっと不穏なことを呟いた。
どうぞご自由にあの女子とバラの飛び交う世界の話でもなさってください。ええ、存分にどうぞ。

ユキ先輩とは言えば、さっきフリーズしたまま微塵も動かない。

「おい」

唐突にこの場の空気を貫いた声にびくっと肩を揺らすと、そこにはにっこりと、それはもう爽やかな笑顔を浮かべたアサギ先輩が。
なんでそんなにきらきらしい笑顔なんスか先輩。いつもの模範的な無表情はどこに行ったんすか、そう訊こうにも必殺威圧感スマイルのせいで俺もクチバ先輩も冷や汗流して乾いた笑いを浮かべることしかできない。

「クチバもヤマブキも、そこで何してるのかなー?」
「あ、あはは……」
「ちょーっと俺と、じっくり話し合おうか……体育館裏で」
「すいませんでした俺たちが悪かったで「アサギくん!」

おどろおどろしい空気ぶち壊していつの間にか復活していたユキ先輩がアサギ先輩に飛びつ……く一歩手前で急ブレーキをかけた(なんでもアサギ先輩は他人に触られるのが嫌いらしく、一度それを知らずにアサギ先輩に抱きついたユキ先輩は裏拳くらい吹っ飛ばされたあと関節技きめられたらしい。アサギ先輩のその一連の流れはほぼ反射、無意識だそうだが。なるほどよく躾けられた大型犬である)。

それはさておき拳一個と半分程度の距離を置いてじっとアサギ先輩をみつめる、そのユキ先輩の異様に輝く視線に耐えかねたのか、アサギ先輩は「……何かなユキくん」とものすごく関わりたくなさそうに口を開いた。

「……僕、」
「うん」
「僕、アサギくんのこと愛してるから! 世界で一番!」

「………………」
「………………」
「………………」

ちょっとユキ先輩なにさっきの二年女子にいらなく対抗してんスかていうかそれいろいろ誤解を招きかねないんスけど現に隣の腐男子と屋上の扉の陰の二年(腐)女子がはぁはぁしてるんで一刻もはやくこのバカをしばいてくださいよアサギ先輩。

日々くどさを増していく突っ込みを口に出すのは諦め、この状況を打開してくれそうな唯一の人物、アサギ先輩に視線を向けると。

「……………………」

まだ教科書の方が表情あるよってくらいに無表情でいらっしゃいました。

対してユキ先輩は何かを期待するような眼差しでアサギ先輩をじっと見つめ続けている。どうでもいいんだけどあんなにじっと一点を見続けて目が乾いたりしないんだろうか。あ、今瞬きした。

「……お、俺も」

数秒後、がっちがちの白紙無表情のままアサギ先輩が口を開く。

「あ、いしてる」

その言葉に瞬時に顔を輝かせたユキ先輩だが、腐男子と腐女子が鼻血を吹き出すよりも早く。

「……とでも言うと思ったかこのお馬鹿」

すこーん、とどこから取り出したのか丸めた数学の教科書でユキ先輩をしばくと、アサギ先輩は何事もなかったかのようにすたすたと歩き去ってしまった。
殴られたユキ先輩はと言えば、地面を見つめてにやけている。先輩その顔気持ち悪いんでちょっと蹴ってもいいスか、もう蹴りましたけど。
そしてクチバ先輩、不穏な妄想口から垂れ流してないで収拾つけてくださいよお願いですから。

「………………」

俺、何しに来たんだっけ。
帰るか。よし帰ろう。この気持ち悪い三年ふたりと扉の向こうの玉砕したはずなのに鼻血ぼたぼた落としながら喜色満面に悶えている二年ひとりは置いていこう。そうしよう。


「マジないっすよ……」


どうやら事の起こりがユキ先輩でなくとも無駄に疲労感を与えられるのはユキ先輩関連の出来事ならお約束らしい。そう学んだ俺は階下にアサギ先輩を見つけ瞠目した。

「(アサギ先輩、赤面してる)」

まあ、だからといってあの二人の仲がバラ的展開に発展するわけではないのだけれど。
あの二人の境界がわかる程度には俺は先輩たちと関わりが深いと自負している。
予想通りすぐにいつもの涼しげな表情に戻って歩いていくアサギ先輩を見送って、俺は実は告白劇の前からずっとしたかった欠伸をようやくしたのだった。



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