かつん、机から落ちたチェスの駒がそんな音を立てるかと思った。 だがそれは杞憂に終わり、古泉がかがみながら宙でキャッチする。
「すまん、悪いな」 「いえ」
駒を置くときに指先がとなりのそれにあたり、倒れ、転がり、落ちた。 ただそれだけなのに、ずいぶんばつが悪い。 一連の動作を見ていると、やはり古泉は運動神経が良さそう、というか動体視力も良さそうだ。 機関とやらで神人と戦うために、鍛えたりしているのかもしれないな。 チェスの駒を受け取ろうと、手のひらを上にして古泉の方へ差し出す。 古泉はどうぞ、と言いながら俺と目を合わせた。 視線が絡み、思わず見つめ合ってしまう。 変な空気が流れる前にす、と視線を外した。 駒を受け取り、元あった場所に置く。
「最近、暖かいな」 「ええ。もう、春ですかね」
やわらかな風が部屋に入るのを感じ、窓の外を見て言うと古泉もそちらを見て同意した。 ただそれより話が続かず、しばらくは駒がチェス板に触れる音のするばかりだった。
「……うめが」 「梅?」 「はい。今朝学校に来るときに梅が咲いていてとてもきれいで……」 「春、だな」
風が強く吹き込んだ。 それは心なしか梅の香りがしたような。
梅が春一番を待って咲くように、俺たちも「そのとき」を待っている。 だから、軽々しく一歩を踏み出してこれ以上近づくことなんてできやしない。 背中を押してくれるものなんて、まだ何一つないのだから。
風を待つ
20100225
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